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耐えるべき時を耐え ~米長邦雄棋聖の言葉~

2010年11月9日

米長邦雄棋聖のNHK人間講座『大局を観る』を読んだ。

実は言うと、この本を手に取るまで、米長邦雄の名前はもちろん将棋のこともろくに知らず、興味もなかったのだが、「大局を観る」という言葉に引かれて買った。

本書には、米長棋聖が将棋の世界に入るまでの過程や将棋の歴史、伝統、将棋界の今後の展望などが分かりやすく書かれており、将棋にまるで興味のない人でもぐいぐい引き込まれる。

でも、一番心に響いたのは、『耐えるべき時を耐え、攻めるべき時に攻める』という言葉だ。
私は攻めには強いけれど、耐えるのはもっぱら苦手で、つい出さなくていい一手を出してしまう。
先を急ぐあまり、動くべきでない時に動いてしまうのだ。

よく、占いなどで、「運気の下がっている時には、新しい事を起こしてはならない」という。

人間というのは、不安になると、どうしても新しいアクションを起こして状況を変えようとするが、苦しまぎれに考えついたことは、決していい実を結ばないからだ。

そして、物事が思うように動かず、自分自身も冴えなくて、「なんだかツキが落ちたなあ、もっと落ちそうだなあ」、と不安に思う時に限って、人は転職したり、引っ越ししたり、何となく知り合った相手と結婚に踏み切ったりする。

が、元々、動機が弱い上、ろくに考えもせず出した一手は、必ずどこかで綻びるのがオチなのだ。

私は、そこまで占いに凝っているわけではないけれど、流れが澱んだような時期がしばしば訪れる点については、まったくその通りだと思う。

それまで調子良く走っていた車が、どんどん錆びついて動かなくなり、ついには道端に停止してしまうような「もどかしい状態」を、私もこれまで幾度となく経験してきたからだ。

そういう時には、右に行っても、左に行っても、らちが開かず、どこに出口があるのかも分からない。

賢明な人間なら、そこでじっとしているのだろうが、私のように、「耐えるべき時」が分からない人間は、どうしても逃げ道を求めてあくせく動き回ってしまう。

そして、ついには、じりじり包囲されるような焦りや閉塞感から逃れたい一心で、とんでもない方向に走り出してしまうのだ。

「動きたい、動かねば」と焦っている時というのは、本当は「動かざるべき時」なのだと思う。

本当に動く必要がある時、また、運のバックアップがある時は、そんなにあくせくしなくても自然にいい方向に流れ出せるからだ。

でも、その「動きたい気持ち」を意欲や積極性と勘違いし、いわゆる「ババつかみ」をしてしまうのが私の悪い癖で、正直、この間も、ある事を始めようとして、すんでのところで思いとどまったものである。

それもこれも、米長棋聖の『耐えるべき時を耐え、攻めるべき時に攻める』という言葉が心を打ったからだ。

世の中には、「やりたい事があるなら、今すぐに」とか、「やらずに後悔するより、やって後悔」とか、私の大好きな「イケイケ格言」が数多く存在する。

そして調子の悪い時ほど、「イケイケ格言」が心にまぶしく響く。

確かに、イケイケ格言は真実かもしれない。

でも、人生には当てはまらない時もある。

「流れを読む」、つまりは、「大局を観る」という能力がなければ、どんなに優れた素質や条件に恵まれても、物事にしくじるのではないだろうか。

やけつくような焦燥感や閉塞感を堪えながら、運の流れを見据え、ここぞという時に動き出せる強さや賢さをぐっと蓄えておくのは難しいことだが、せめて『耐えるべき時』を見極め、はやる気持ちを抑えるだけの力は持っておきたいと思う今日この頃である。

§ 関連アイテム

上記で紹介している「耐えるべき時を耐え」という言葉が収録
薄手の冊子ですが中身は自伝のような感じで、とても充実しています。

初稿:2006年7月7日

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