Notes of Life

物理学者と詩人と占星術師

2010年1月22日

学研の「科学」と「学習」休刊に寄せて』の続きになります。

満点の星空を見て感動した時、人間のタイプは大きく2種類に分かれると思う。

一方は、宇宙の謎を解き明かそうとし、もう一方は、その美しさを詩や絵の中に留めようとする。

私は後者の人間で、カール・セーガンの『コスモス Cosmos』や、NHKスペシャルなものに憧れはしたけど、それを物理的に理解しようという気持ちにはついぞならなかった。

理屈は知りたいけど、高等数学を駆使してまでなぁ……というよりは、高等数学そのものが分からん。

いや、もう、「物理」そのものがアレルギー。

ゆえに、以下のようなことがさらりと言える人は、ほんと尊敬してしまうのだ。

トピックス『物理で80点以上取れる人ってどんな人なんだ~?!』

物理は難しいっていうけど、私が初めて物理の教科書を読んだ時は感動したものです(もう20年も前)。
あ、世の中の事は物理学があれば全て解明出来るんだ!って。

私の半生において、この考えだけは一度も浮かびませんでした。

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しかし、彼は「物理っていうのは、自然現象を観察することなんですよ」と静かにやさしく語ってくれました。その一言で目から鱗。物理ってなんてスケールの大きい考え方なんだろうと感心しました。
同時に彼に恋してしまいました。

観察は得意だけど、それをどう公式に結びつければよいのか分からん

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夫に「物理ってたのしいの?」って聞いたら
「うん、形のないものを形(ベクトルやら、数式やら)にする、
想像の世界だよね!!」
いやはや、物理の世界はファンタジーみたいですよ。
こういう人は公式をわざわざ覚えなくても、
楽しく問題を解いているうちに自然に覚えて自在に使えるようです。

ファンタジー・・そう言われてみれば、そうかもしれない・・が・・!!

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私の高校時代(1972年度~1974年度)物理学はほとんど95点以上、100点も何回かありましたけれど、それはやはり

「物理学の考え方が美しい」

と感じたからです。

美しい……それこそ神の領域だわ……

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日本の教育における物理学って、数式偏重のテスト重視だから、みんな嫌いになるんですよ。
本来物理学とは、神が作りたもうた森羅万象とはいかなる物か、という宗教的、自然科学から出発した学問で大変崇高なものです。
先生方も教え方をもう少し考えるべきです。
いろんな本を読んで、広い視野で物理を見てください

なるほど。あたしゃ、食わず嫌いですね。

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まず幼い頃、家に「学研の図鑑」がセットで並んでいまして、ナゼかその中の「宇宙」の巻ばかり眺めていました。
地球はもちろん惑星や銀河・星雲などの美しさと、宇宙の現象のスケールの大きさに魅了され、天文学者を志しました。
「中性子星って角砂糖くらいの大きさで象と同じ重さ!?すげ~」みたいな感じですね。

私も「すげ~」と思った。でも私はそれをSFの翼に乗せちゃったんだなぁ、クソ。

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当方、理論物理学の研究者で大学でも教壇に立っております。
物理学は、この宇宙で起こっているありとあらゆる現象を、数学という言葉を使って、なるべく少数の法則で書き表そうとする学問です。
例えば高校で学ぶ範囲の力学では「ニュートンの運動方程式」だけで全ての運動が説明できます。
実際に、ニュートンと同時代に生きた人々は、目の前にある物体の運動も天空で輝く天体の運動も、当時の観測技術で見えるもの全ての運動がこの方程式を使うだけで完全に予言できてしまったので、「我々は神の視座を手に入れた!」というように狂喜したそうです。
従って、力学的エネルギー保存則、運動量保存則も運動方程式から導出されます。

すいません、まったく記憶にないです・・

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物理で出てくる公式というのは、実際に起こった現象を式にしているんだと意識することです。
物理という教科を数学と同じようにと間違ったとらえ方をしてしまうことがあるのかもしれません。
数学で扱う「公式」や「定理」は覚えることに重点を置きますが、物理の「公式」には公式を見ただけではわからない「公式に隠された本当の意味」があるのです。
ですから、公式を「覚える」というよりも「身につける」ことが大事です。

「身につける」そう言われると非常に納得いきます。この方と中学時代に出会いたかった。

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人間は大きく二分されるのでしょうか?
微積分を理解出来る人間と、そうでない人間に・・・

数学や物理の問題は、明確な解答が最初に存在しており、そこに至るための解法や公式が用意されています。
暗記に頼る必要も無く、故に試験前日に勉強する必要も無いのです。
誤読や計算間違い、書損じ等に配慮すれば、満点を取るに労を要しないのが数学と物理です。

私は明らかに「後者」です

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小さい頃の
・高い橋の上から小石を落とし、川に落ちるまでの時間を計るだけで高さが分かる。
・人工衛星がいつまでも地球を回り続ける理由
・動いている電車の中でジャンプしても、同じ場所に着地する
そんな疑問が物理を勉強すると次々に解決していくことが楽しかったです。
そういう、興味を持つことが大切だと思います。

また「物理は神がこの世界をどのように設計したかを解明する学問だ」
と言われ、何だかかっこよく思えました。

物理で解明されたのですね・・その感性と能力が羨ましい。。

夜空にひときわ明るく輝く十五夜の月。

でも、それがなぜ地球に落ちてこないのか、理論で解明しようとする人と、あれこそが私の守り神、闇夜を照らすClair de Luneよ、詩に書く人と、回路の繋がり方は本当に人それぞれ。

だから科学でも芸術でも、どの分野もまんべんなく発展するし、人の回路や能力がそれぞれ違っているからこそ、世の中がバランスよく保たれる。

個性というのは、クロスワードパズルのピースと同じで、一つ一つ形は違うけれど、世界全体から見れば、それぞれにピタリとはまって、均衡を為しているのだと思う。

そう考えると、物理学者と占星術師は、まったく異なるスタンスで世界の謎を解き明かそうとしているわけだが、以外と共鳴するところが多いんじゃないか、コンマ000000の世界で。

90年代、某新興宗教団体が問題になり、国を代表するエリート機関の出身者が、なぜこんなインチキまがいの宗教に易々と絡め取られたのか、という話題になった時、その方面に詳しい専門家がこうコメントされていた。

科学も突き詰めれば、どうしてもリクツで説明のつかない部分に行き当たる。その時、人間は『神』を見るんだよ

だから、頭脳エリートたちが、宇宙創生や生命の真実を知ろうとして宗教に足を突っ込むのは非常に納得が行く、という話である。

物理の得意な人にとって、数式が美しく感じられるのも、実はそれこそが「神の化身だから」ではないか。

──なんて発想自体が、物理とはすでに相容れないんだろうな。

まあ、もう一度、授業を受ける機会があれば、今度こそ身を入れて勉強したいです。

来世に期待しよう。

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