「自己主張」と「ワガママ」の違い

今回のお話は、「自己主張」と「ワガママ」の違いについてです。

子供の癇癪、ヒステリー、イヤイヤ病に手こずっておられるママさん方。

子供が「あれイヤ、これ欲しい」と泣きわめくからといって、すぐに「人間がダメ」になると決めつけないでください。

癇癪もイヤイヤ病も、「言うだけ」ならタダ。

言っただけなら、人間が壊れたりしません。

むしろ、言うべき時に言わせないと、人間は「愛され感」を喪失します。

あるいは、言いなりになると、人間は、他人をみくびり、ワガママを言うことを覚えます。

癇癪、イヤイヤ病、恐れるに足らずです。

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4年前、アメリカの大手スーパーのチェーン会社が独自に編集している育児書を読む機会があったのですが、そこで面白いなと感じたのは、

『10ヶ月から1歳半の間に習得すべきこと』

という項目の中に、

「『Yes』か『No』か、意思表示することが出来る」

という目標が設定されていたことでした。

つまり、言葉にして言えなくても、首を振ったり、手で押しのけるなどして、「Yes」か「No」か意思表示できることが、この時期の大きな成長の目安として考えられているのです。

これは日本ではほとんど語られることがないですよね。

むしろ、子供が「あれイヤ、これ欲しい」自己主張を始めたら、「どうしよう、ワガママになった」と困惑するお母さんの方が多いのではないでしょうか。

うちは年子のせいか、下の娘は1歳3ヶ月頃から「自分、自分」と言い出して、食事も手伝おうとしたら「ジブン!」と言って拒否するし、着替えも、すべり台も、コップにお茶を入れるのも、何でも自分でやりたがるような感じです。

上の子は2歳ぐらいまで「親にされるがまま」のところがあり、食事も口を開けて待っているような感じだったのですが、下の娘はとにかく対照的で、自分の「やりたいこと」や「欲しいもの」がとてもハッキリしているタイプなのです。

で、アメリカの義姉さん宅に滞在していた時、大人がランチを取っている横で、「私も、私も、これ欲しい」と言い出し(子供はすでに食べ終えたはずだが)「あ~、またか」と思っていたら、それを見ていた大学生の娘さんが、

「彼女は自分で『自分の欲しいもの』が分かっている。いいことだわ」

と言われたのです。

その時、「ああ、そうか」と納得したんですね。

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日本では『自己主張』と言うと、「身勝手」「ワガママ」「ジコチュウ」に繋がるところがあって、あまり歓迎されませんけど、「あれイヤ、これ欲しい」というのは、自分の考えや欲求が自身で認識できている状態、すなわち、自己が確立されているということです。

赤ちゃん時代の「親に与えられるがまま、されるがまま」の状態から、「私はこう思う、これが欲しい」と、自分の感情や欲求を言葉や身振りで表現することができる――それが乳児から幼児への大きな脱却の証ではないかと思います。

別の意味では、「心をもった一人の人間として、周りの人間とコミュニケーションを図り始めた」とも言えますよね。

それが受け入れられるかどうかは分からないけれど、とにかく「自分の気持ちを言ってみる」。

それが人間にとってどれほど大事なことか、大人になってから他人の思惑ばかり気にして、「No」も言えなくなってしまったママならよく理解できるのではないでしょうか。

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「自分の気持ちを相手に正直にぶつける」という事は、

「自分も心をもった一人の人間である」
「自分という存在は、相手と同じぐらい価値のあるものだ」
「たとえ自分の気持ちを受け入れられなくても、ありのままの私が愛される」

といった、自尊心や愛され感を育むために絶対的に不可欠なことなんですよね。

大人になってから自己無価値感に苦しむ人が、どの段階で躓いたかを考えれば、今、自己主張を始めた子供に何をすべきか、自ずと見えてくるのではないでしょうか。

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とはいえ、今まで物言わぬ赤ちゃんだったのが、「あれイヤ、これ欲しい」とダダをこね始めれば、たいがいのお母さんは「うちの子、超ワガママ?」って心配になりますよね。

でも、「自己主張」と「ワガママ」は似て非なるもので、同じレベルで考えてはいけないと思います。

なぜなら、自己主張には妥協があっても、ワガママには妥協がないからです。

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たとえば、夕食前にお菓子が欲しいとわめいて、「ご飯まで待ちなさい」と諭される。

その時、ふてくされながらも辛抱するのは自己主張の範疇で、「ワガママ」というのは、「これだけ騒げば、親も言いなりになるだろう」と計算を踏まえた上での確信犯なのです。

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分かりやすく言えば、

「自己主張」は、「自分の欲求が通るかどうか、分からないけど言ってみる」

「ワガママ」は、「最終的には自分の欲求を押し通す、あるいは通るのを計算済みで言ってやる」

単純に、自分の欲しいことや思うことを口にしているだけに過ぎない自己主張に罪はないのです。

その自己主張に親が巻き込まれ、「泣きわめきさえすれば、自分の思う通りになる」ということを子供に学ばせてしまった時、自己主張は「ワガママ」になるのではないでしょうか。

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子供が「あれイヤ、これ欲しい」と泣きわめいたら、「ああ、そうなの、ふんふん」みたいに聞くだけ聞いて、最終的には親の方針を貫くようにすればいいのだと思いますよ。

言うだけなら、タダですもの。

いくらでも言わせておきましょう。

自己主張する「だけ」なら、ワガママにはなりません。

どんなに泣き叫ぼうと、親が頑として自分の方針を貫けば、子供もいずれ「通ること」と「通らないこと」の違いが分かってきますし、『通らないこと』を子供自身が自己消化できるようになる頃には、我慢、辛抱、譲歩といった、大事な力の芽が開きつつあるものです。

まあ、付き合わされる方は大変ですけど、「ここで押し切られたら、子供に『ワガママを言うこと』を覚えさせてしまう」と腹をくくって、頑張りましょう。

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私の経験では、子供のイヤイヤ病に振り回されるのって、最初の2~3ヶ月ぐらいですか。

あとは、泣こうがわめこうが、「ダメなものはダメ」と聞き流す余裕も生まれますね。

もちろん、「絶対的に譲れないこと」と、「まあ、これくらいはエエか」というさじ加減は必要ですけどね。
(あまりに頑固だと子供の心を壊してしまうから)

中には、子供を泣きわめかせることに罪悪感を抱くママさんもありますが、「子供は泣かせて育てる」ぐらいの気持ちでいいんじゃないかと思います。

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子供は、泣いて、わめいて、大人の手を煩わせるのが仕事。

それでもありのままを愛するのが大人の仕事。

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子供の時ぐらい、「あれイヤ、これ欲しい」、好きなだけ言わせてね。

大人になったら、言いたいことも言えなくなってしまうんですもの。

繰り返しになりますけど、「言うだけ」なら、ワガママにはならないです。

それに押し切られた時、ワガママになるんですよ、きっと。