まだ就業して3ヶ月にも満たない新米看護婦だった頃。
病棟の一番小さな個室に、ほとんど寝たきりの末期がん患者がおられた。
50代の女性ながら天涯孤独で、親兄弟すべて死に別れたとのこと(どこまで本当か分からないけども)
友人もなく、頼る人もなく、市の福祉担当者が週に二度面会に訪れる以外は誰一人見舞客もなく、完全に孤絶された状態であとは死を待つだけの人だった。
病状はかなり悪かったから、ほとんど食べることも飲むこともなく、一日中ウトウトされている感じで、看護婦も最低限のケアをするだけ、誰もあまり訪ねて行かない病室ではあった。
が、ある日のこと。
その方がふと目を開いて、床頭台を指差し、「そこに小銭が入っているから、アイスクリームを買ってきてちょうだい」と頼まれたことがあった。
一瞬、迷ったけれど(看護スタッフは買い出しのようなことはしない決まりだったので。求めに応じだしたらキリがない)、次に福祉員が面会に訪れるのは二日後だし、もう死を待つだけのような人が「食べたい」と言っているのだから、これぐらい聞いてあげてもいいのでは、と思い、地下の売店まで買いに走った。
そうして病室に戻ってくると、その方はまたウトウトしながら、「そこに置いておいて」。
私は、カップとスプーンを手の届きやすい所にセットして退室し、業務の終わり頃にもう一度見に行った。
すると、カップはベッド下に捨てられ、中身は空っぽだった。
どうにかして食べられたようだった。
それで、先輩看護婦への申し送りの時に、「今日はアイスクリームを食べられたようです」と報告すると、相手がさっと気色ばみ、
「どういうこと? あなた、お使いを頼まれて、買いに走ったということ?」
「……はい」
「そういうことはしない決まりになっているでしょう。あなたはいいかもしれないけれど、他のスタッフが迷惑するのよ。今度また、誰かが頼まれたら、その人も買いに走らないといけないでしょう。週に2回、福祉の人が来るんだから、その人に任せておけばいいの。二度と使い走りのような真似はしないで」
と、きつく叱られたのだった。
私は釈然としなかったけれど、確かに、一人が言うことを聞けば、他のみんなも足並みを揃えなければならない。
「着替えを手伝う」ぐらいのことならいいけれど、地下まで買い物に行くとなると、これは結構な負担なのだ。
信じられないかもしれないけれど、たとえ数分のことであっても、病棟からスタッフが一人抜ければ、業務に差し支えることがある。
ましてそこは外科だったから、一分一秒を争うようなことが結構多く、「ちょっと買い物に行ってきます」という間に、あっちで出血、こっちで嘔吐、そこでナースコール、なんてことになると、本当に人手が足らなくなって、「担当の○○ナースは何処へ行ったの!!」と病棟中がたちまち殺気立つのだ。
そういう事態を考慮すると、「たかが買い物」でも、患者の求め一つ一つに応じるわけにはいかなくなる。
嫌な言い方だけども、それで味を占めて、今度はあれして、次はこれして、と、どんどん要求がエスカレートする人もなきにしもあらず、だからだ。
が、人間としての観点に立つと、死を待つだけの天涯孤独の患者の、「アイスクリーム買ってきて」という頼みぐらい聞いてやれよ、と思わずにいない。
どんな生き方をしてきたにせよ、最期ぐらいは、人の優しさを身にしみながら人生を終えたいのではないだろうか。
それから数日後。
今度は他の先輩看護婦さんに、「ねえ、もしかして、あなた、○○さんに頼まれて買い物に行った?」と唐突に聞かれた。
「は、はい・・」
「やっぱり……。さっき、私も頼まれたの。でも、断ったわ。これは私たちの業務じゃないから、って。あなたが行くから、患者さんが期待するんじゃない。もうこんなこと、他でも引き受けたりしたらダメよ」
すみません、と謝りはしたけれど、お腹の底に暗いものがどーんと堕ちてきたような感じ。
リクツは分かるけど、そこまで割り切りたくないような、そんな気持ちだった。
それから一ヶ月ほどして、その方は亡くなった。
容態が急変したのは夜中の2時過ぎだったが、それから息を引き取るまでの2時間ほど、担当医がずっと側に付ききりだった。
その時、夜勤だった私の同僚が、「私たちがちゃんとモニタリングしてますから、先生はお部屋で休んでいて下さい」と声をかけたら、
「死ぬ時ぐらい、誰かが付いていてやるべきじゃないのか」
と、強い口調で言われたらしい。
日頃は無愛想で通っているK先生だったが、一気に惚れ直した……と、その子も目を潤ませていた。
アイスクリームだけじゃなくて、食べたいもの、いろいろあったろう。ゼリーとか、ヨーグルトとか。
一人、病室の天井を見上げて、何を思いながら死んでいったのか。
最期は主治医の「優しさ」の中で、と、信じたいけれども。
こんな古いエピソードを突然思い出したのは、こんなニュースを目にしたからだ。
「かわいそう」留置人に差し入れ、巡査長減給
留置人にカップめんやたばこを提供したとして、道警は22日、札幌方面本部管内の警察署に勤務する50歳代の男性巡査長を、減給1か月(10分の1)の懲戒処分とした。巡査長は辞職の意向を示しているという。
道警監察官室によると、巡査長は留置管理係だった今年5月下旬~8月中旬、内部規定に違反して、5人の留置人に自宅から持ってきたカップめんやパン、たばこを食事時などに計17回渡した。5人のうち1人が別の署員に話し、発覚した。
巡査長は「食事が弁当ばかりでかわいそうだった」と話しているといい、たばこは留置人から吸わせてほしいと頼まれ応じたという。
道警はこのほか、巡査長の上司で次長の男性警視を所属長訓戒、留置管理係長の男性警部補を方面本部長訓戒とした。
(2009年12月22日22時53分 読売新聞)
数行の報道なので、状況はまったく分からない。
日頃、署の待遇に不信を持つ巡査長が留置人に同情してそうしたのか、相手に強く押し切られて、逆らえずにしてしまったのか。
良い方に解釈するなら、ついつい留置人に肩入れしたくなる人の気持ちも分からないでもない。
「かわいそうだった」というのは、本当の気持ちだろう。
が、しかし、この社会には司法というものがあって、どれほど生い立ちが気の毒であろうと、動機に同情すべき点が多々あろうと、「やってはいけないこと」は、やってはいけない。
それに対する懲罰も然りだ。
懲罰を受ける人間の辛い、苦しい、に心を動かされたとしても、そこはやはり法を遵守することが正義なのだと思う。
でも、ついつい同情して手を差し伸べてしまう人の気持ちも本当。
「人」というのは「間」の生き物。
いつもいつもリクツで割り切れるものじゃない。
このニュースを聞いて、私は『幸福の黄色いハンカチ [DVD]
』の人情刑事を思い出してしまった。
この作品では、高倉健演じるムショ帰りの男が、無免許運転で警察に連行され、渥美清演じる警察係長の計らいで事なきを得て、無事に妻のもとに戻ってゆくのだけども。
これも現実なら、懲戒処分どころじゃない。
二人そろって厳罰だろうに。
まあ、映画はね、「お前さんもつらいだろうけどサ、辛抱して、辛抱して、真面目に頑張れば、いつか必ずイイ事あるからサ」で終わるの。
ちなみに、この作品も北海道が舞台。
北海道って、人間のおおらかな人が多いとかね?
何回見ても名作です。


