育児と家庭

「中二の娘が描いた目を背けたくなるようなエッチな漫画を描いていたこと」について

2009年9月16日

「発言小町」という掲示板のトップテンに入ったトピックの中で、次のようなものがありました。

中二の娘が描いた目を背けたくなる漫画

リビングのテーブル上に置いてあった娘のノートと筆箱。
今朝の朝食時、そのノートを何気に手にした夫が「こんな事を描いている!!」と怒声。
私も見てみるとそのノートにはコマで分割されたストーリーのあるような漫画が10ページほど描かれていました。
内容が数ページにわたり裸の男女の営みのシーンが描かれていて、驚きで血の気が引きました。
絵を描くのが好きでよく描いていたのは知っておりましたが、こんな絵も描いてたなんて…と、とてもショックです。
夫は様子を伺って注意したいと言いました。殴ってしまうかもしれない、とも言いました。
その発言を聞いて不安になりました。

それについて、小町きょうだいのレスは、

「中2なら当たり前」

というまっとう至極な回答がほとんどで、ご両親も、その事を理解し、とりあえず荒立てないという方向で気持ちを収められたようです。

*

確かに、中2にもなれば、いやらしい作品を観たり、読んだりします。

というか、日本に住んでいると、否応なしに目に入ってくるので、「興味をもつな」という方が残酷かもしれません。

*

私も、中学校に上がる頃(1980年代)には、自宅の待合室(自営業です)に置いてある女性週刊誌を通して、女流劇画家・牧美也子先生やつのだじろう先生による、ものすごくハードなベッドシーンや、読者投稿による「カイカ~ン体験」に慣れ親しんでおりましたし、TVでは、「ウィークエンダー」「11PM」「影同心」といった大人番組を通して、AV顔負けの性描写にも通じておりました。

また、学校に行けば、10代向けの雑誌「セブンティーン」や「ポップティーン」のセックス特集(既にこんな企画があった)を回覧していましたし、少女漫画では竹宮恵子先生や山岸涼子先生らの同性愛の世界にも開眼し、独特のエロスの世界について、盟友と熱い議論を闘わせた経験もあります。

よって、中学生の娘さんが、エッチなマンガを描いていたからといって、売春や乱交と同じレベルで非難することはできませんし、「見るな」「描くな」というのも、それはお門違いではないか、と思う部分もあります。

かといって、オールOKとも思わない。

問題は、娘さんが、「愛」とか「性」をどのように受けとめているか、この一点に依るんですよね。

*

人が「愛」や「性」について思う時、そこには必ず原風景が存在します。

女の子なら、お父さんに抱きしめられて温かかった思い出、クラスの男の子に優しくされて嬉しかった記憶、ユニークで面倒見のいい近所のお兄さん、町内会で親切に面倒みてくれた近所のおじさん、等々。

異性に対して、どのような印象を持っているか。

そして、どんな肉体的な記憶があるか。

それが「愛」と「性」に対するイメージの礎になると思います。

*

もちろん、世の中にはドギツイ性の描写があふれ、たとえば、渡辺淳一センセの小説などを読んでいますと、ここまで極めなければ上等な女と言えないのか、結婚なんて女を醜くさせるだけにすぎないのか……などという気分になってきます。

でも、それを真に受けることはない。

たとえ、AVで、逆さになろうが、100人を相手しようが、それはフィクションとして受けとめられる。

自分の現実の「性」とはならないのです。

*

ところが、満ち足りた原風景に欠けると、他人がフィクションで通り過ぎるものを自分の中に取り込みたくなる。

とりわけ、女の子は、「肌の温もり」で淋しさを埋めようとする。

「お父さんにギュっと抱きしめられたい」という思いは、「いろんな男性とセックスして、気持ちい~体験がしたい」という願望に変わっていくのです。

そして、それは、実際、彼女たちにとって非常に心地よいものです。

たとえ、相手が、ヘチャで、不実な男でも、セックスしている間は気持ちいいし、「誰かと一緒に居て、肌を合わせる」という事実から離れられなくなります。

それを「愛」と言われたら、そうかもしれないと思う。

だから、女の子にとって、性の問題というのは難しいのです。

*

娘が、エッチなマンガを描き、エッチな小説を読む。

興奮して、気持ちいいのが当然です。

自然の作りがそうなっているのですもの。

「そんな快感を覚えるな」というのは、「子宮の存在を忘れろ」というぐらい無理な話です。

*

女の子の性が乱れるのは、根本的に、肉体的精神的飢えがあるからで、エッチな作品そのものが性の感覚を狂わせるのではありません。

健全な原体験の持ち主なら、むしろ、過剰な性描写には嫌悪感を覚えるのが普通でしょう。

世間に出回っているレディースコミックやBL小説が、女の子のハートを鷲づかみにするのは、そこにやはり「ロマン」や「憧れ」みたいなものがあるからで、性描写ばかりで中身のない作品(キャラクターの魅力に乏しいとか、即物的であるとか)は、いくらエッチに興味のある女の子でも、やはり好まれないのですよ。
ここが重要なポイントです。

*

ですから、上記の掲示板で多くの方が回答しておられるように、まずは静観、様子を見て話し合い、根本的には子供を信頼する、これが一番の解決策かと思います。

*

そして、自分の娘が性に対する飢え(興味ではなく、肉体的精神的飢餓感)を持っているかどうか、それを知りたいと思うなら、周囲の人間ときちんとした信頼関係が結べるか、まずそこを確認されたらいいと思います。

根本的に淋しさや飢えを抱えている女の子は、人選びからして間違います。

自分で自分のことが大事に思えないから、薄情な男にあしらわれても相手が悪いとは思えないし、むしろ、もっと努力しなきゃ、と頑張ってしまう。
友達とケンカしても、いつでも自分を責めて終わり、気がつけば、みんながフェードアウトして、自分の心情を話せる友達など一人もないでしょう。

そういう扱いに本人も慣れてしまっていて、「だから私はダメなんだ」という思考回路の中でくすぶっているかもしれません。

ゆえに、ちょっと耳障りのいい事を言ってくれる男が現れると、コロっといってしまう。
なんだかんだでセックスが好きで、それだけの為に、別れられないでいる。

これこそが、本当の『性』の問題です。

*

……にしても、やはり、目から耳から入ってくる情報というのは大事なので、

「どうせ恋愛もの読むなら、○○先生の作品にしなさいよ」

と言えるぐらいの知識や了見は身につけなければならないですね。

ちなみに、少女漫画で、一番最初にベッドシーンを描いたのは、池田理代子先生の『ベルサイユのばら』です。

あれの8巻には、数ページにあたって、肉体的に結ばれる場面が出てきます。

じゃ、なぜ、天下の池田理代子先生が、今よりもっと性に対して厳しかった時代に、ベッドシーンなどを描かれたのか。

それは、本物の愛、神聖な行為としての性を、若い読者に伝えたかったからではないか、と思います。

(里中満智子先生の『アリエスの乙女たち』が最初、という説もあります)

*

私にとっても「ベルばら」は、本当に美しい心の体験でしたね。
初めて読んだのは10歳の時でしたが、何回読んでもドキドキして、「私も初めての時はこんな感じで……♥」とか想像たくましく思い描いていたものです。

どうせなら、いい作品に触れることですよ。

それが一番です。

You Might Also Like