中学生の頃、土曜日の正午に帰宅して、さっと昼食を済ますと、二階の自室(姉と共同だったが)に駆け上がり、FMラジオのスイッチを入れるのが最高の楽しみだった。
当時のタイムスケジュールは、
FM大阪
午後1時~2時 歌謡ベストテン(日本のヒットチャート)
午後2時~3時 ポップス・ベストテン(アメリカのヒットチャート)
NHK-FM京都
午後3時~6時 リクエストアワー
となっていて、特に、NHK-FMの土曜の看板番組だった「リクエストアワー」は、すべての選曲(洋楽のみ)がリスナーからのリクエスト葉書によるもので、構成も第1部「ポップス・ロック(最新のヒット曲から懐かしの名曲まで幅広くカヴァー)」、第2部「アーティスト特集(ビートルズ、ビリー・ジョエルなど)」、第3部「映画音楽とイージーリスニング」となっていて、三時間続けて聴いていれば、あらゆるジャンル、あらゆる年代の洋楽に精通するほどの質の高さを誇っていた。
また番組進行を担当する司会者も、ラジオ局の一アナウンサーでありながら、洋楽と映画に関する造詣が深く、
「さて、次のリクエストは、ペンネーム○○さんから頂きました――いつもお葉書くださいますね、ありがとうございます――
マンハッタン・トランスファーの『フォー・ブラザーズ』です。
マンハッタン・トランスファーは男女2組からなるコーラス・グループで、○○年にデビューしました。
今回お届けする『フォー・ブラザーズ』は、ジャズのスタンダードであり、通常、何人かのサックスプレイヤーで競演されるものです。
この曲の聞き所は……」
といった解説がスラスラ出てくるのだ。
今のようにアイドルだか、何だかよく分からないパーソナリティーが雑談しながら適当に音楽をかけるのではなく、一曲一曲についてアーティストの紹介や有名なエピソード、それに関連する映画や小説の話など、詳しい解説があったし、何よりその語り口調がいかにも『NHK』という感じで、この方にかかると、レッド・ツェッペリンのロックでさえ、何やら有り難い、後光が差したような名曲に感じられるのである。
この方はまた、リクエストの常連のこともよく覚えて下さり、「この方は、ビリー・ジョエルがお好きなんですねえ」など、親しみを込めた語りかけも忘れなかった。
頭からスットンキョウな声を出してリスナーに媚びを売るわけでもなく、また音楽の知識をひけらかして、尊大にパーソナリティを務めるわけでもない。
「私も熱心な音楽ファンの一人なのですよ」といった同じ視線から優しく、丁寧に語りかけて下さるその口調に惹きつけられて、
番組はもちろん司会者に対する信望は絶大なものだったのだ。(残念ながらお名前は覚えていません・・)
私に「洋楽」という扉を開いてくれたのは、まぎれもなくこの『リクエスト・アワー』であったし、年齢の割にはあらゆるジャンルの音楽に精通していたのもこの司会者さんのおかげで、午後1時から午後6時まで、FM放送をぶっ通しで聞きながら、ポエムを書いたり、日記を付けたり、空想の世界に遊んだ土曜日の午後というのは、私にとってまさに「至福の時間」だったのである。
ところで、なぜFM放送を聞き始めたかというと、理由はまさに「70年代」。
当時の中学生や高校生にとって、音楽の窓口と言えば、FM放送しかなかったからである。
TVの歌謡番組は日本の人気アイドルや懐メロぐらいしかやらないし、外タレのコンサートなんてそうしょっちゅうあるわけでもない。第一、学生にはコンサートに通うだけのお金がない。
しかも、私が中学生の頃は、「貸しレコード業」なんてものも無かったし、聴きたい音楽があれば友だちにレコードを借りるしかなく、そのレコードだって持っている人の方がうんと少ない。
おまけに、今のように、インターネットの音楽ダウンロードやYoutube、ポータル・サイトのストリーミング・サービスなどというもの無い時代である。
となると、「いろんなジャンルの音楽をほとんどタダで聴けるツール」と言えば、ラジオしかなかった。
小遣いもない、レコード貴族の友だちもない洟垂れ中学生が、最新かつディープでコアな音楽の情報を仕入れる手段と言えば、唯一、FM放送だけだったのである。
だから、TVの歌謡番組だけでは物足りない音楽ファンはFMラジオにかじりつき、「FMステーション」とか「FMfan」とか、当時は花形だったFM放送の雑誌を買い、番組表の隅から隅まで目を通し、お目当ての曲がかかる番組枠を赤ペンでチェックして、その時間帯には1分1秒と聞き逃すまいとする鬼気迫る迫力でラジオの前に座った。
そして、お目当ての曲がかかると、機械よりも正確にカセットの「録音ボタン」を押す。
こうしてラジオから自分の好きな曲を拾い集め、テープに曲が貯まったら、それをまた別のテープにダビングして、自分の「お気に入り」を作成し、お洒落なカセット・レーベルでデコレーションして、カセット・ラックにコレクションする――。
これを当時は『エア・チェック』と呼び、熱心な音楽ファンには欠かせない「儀式」というか、「三度の飯よりエアチェックが命」だったのである。
だから、エア・チェックに凝っている人間は、良質なFM電波を受信できるアンテナを屋根の上に建てていたし、お目当ての番組放送中は「ノイズが発生するから」と電気機器の使用も控え、完璧なエア・チェックに備えた。
中には、家の近くに背の高い建物が建って、電波妨害に泣き濡れる人もあったし、タイマーの予約ミスで録音のチャンスを逃し、地団駄踏んで悔しがる人もあった。
毎日のように流れる最新のヒット曲と違い、リスナーからの熱心なリクエストでかかるようなレアな楽曲は「その時、一度きり」というケースが多かったから、エア・チェックする方も必死だったし、ほとんど殺気立っているような時もあったと思う。
それだけに、テープに収めた「お気に入りの曲」というのは、何ものにもかえがたい「天国からの贈り物」のように貴重で、私なんかはテープがすり減るのを恐れるあまり、聴きたい気持ちをぐっと抑えて、「3日に1回しか聴かない」ようなこともあった。
貸しレコードもインターネットもない時代、同じものは二度と手に入らなかったからだ。
そうまで命を燃やした(?)エア・チェックに別れを告げたのは、高校3年生の頃、ついに「貸しレコード業」なるものが登場し、自分の好きな曲がポケットマネーでいくらでも録音できるようになったから――この一言に尽きる。
今では「エア・チェック」なんて言葉をほとんど耳にしないのも、レンタル業が普及した上に、Youtubeなどでいくらでも好きな曲が聴ける時代になったからだろう。
それを羨ましいと言えば羨ましいし、淋しいと言えば、ちと淋しくも思える。
なぜなら、「いつでも、どこででも聴ける環境」というのは、ある意味、「今しか聴けない」というドラマを奪ってしまうからだ。
私が「リクエストアワー」にかじりつくようになったきっかけは、ラジオでふと耳にした『ボートンゾリバ』という曲をもう一度聴きたい、という執念からだった。
タイトルはもちろん、どこの誰が歌っているのかも分からない。
手掛かりと言えば、サビの部分で繰り返される『ボートンゾリバ』という言葉だけ。
曲の感じから、最近のヒット曲だということだけは分かったが、『ボートンゾリバ』というキーワードだけを頼りに、もう一度その曲に辿り着くのは当時の私にはほとんど不可能のように思えた。
でも、「リクエストアワー」ならかけてくれるかもしれない。
最近のヒット曲なら、きっと誰かがリクエストするはず――という思いから、毎週毎週、土曜の午後になるとラジオの前にかじりついて、今か、今かと耳を立てて待っていたのである。
しかし、待てども待てども、『ボートンゾリバ』はかからない。
有名そうなのに、どうして……?
すっかり諦めかけた時、ラジオの向こうに希望が見えた。
この「リクエストアワー」の司会者は、洋楽に精通しているだけあって、タイトルやアーティストの名前が分からなくても、「サビの部分が~~~~なんです」とか「映画○○のラストシーンで使われていました」というキーワードを記せば、かなりの確率で探し当ててくれる天才(!)だったからだ。
だから私もリクエストカードを書いた。
「歌っている人の名前は分かりませんが、『ボートンゾリバ』って言うんです。大好きなんです、お願いしますっ!」
そうしたら、二週目か三週目ぐらいのことだったか。
その天才司会者は物の見事に言い当てて下さったのだ。
「これは、スティクス styx の『ボート・オン・ザー・リバー boat on the river』ですね」
スティクスstyxは、当時、『Babe』や『The best of Time』といったヒット曲で人気のあったアメリカのロック・バンドで、『ボートンゾリバ=Boat on the river』は、それらヒット曲とはちょっと趣の異なる、ロシア民謡っぽい曲である。
今、改めて聴いてみると、どうしてそれほど心に残ったのか不思議なくらいなのだけど、とにかく、もう一度聴きたくて、聴きたくて、私をFM放送と「リクエスト・アワー」に誘った記念碑的(?)一曲だ。
今なら、take me back to my boat on the river と聞き取れるけど、中学生の時は、ほんと、「ボートンゾリバ」って聞こえたの、ねー、皆さんもそう聞こえるでしょ~っ……というわけで、一度、聴いてみて下さい。
/video/styx.flv
それにしても、中学生のヘタクソ~な字で、「ボートンゾリバ」と書いて送ったリクエスト葉書をちゃんと「boat on the river」と読み解いて下さった司会者さまには、本当に感謝。。
あれからいろんなFM番組を聴いたけれど、やはりあの方が最高だった。
後にも先にも、あれほど洋楽とその関連分野に詳しく(もちろん他にもブレインはあっただろうが)、かつリスナーに親切で、NHKらしい、折り目正しい語り口調で番組司会を務めて下さるパーソナリティは皆無だと思う。
今は、レンタル業も盛んだし、Youtubeは見放題だし、好きな音楽もいくらでもダウンロードできる。
FM雑誌の番組表にかじりつき、「この一瞬」に懸けていた頃に比べたら、計り知れないほど便利で、豊かな環境が整っていると思う。
が、一方で、こうも思う。
目当てのものが簡単に手に入るようになった反面、それに付随するその他諸々の雑学、勘違い、取り越し苦労etc。
回り道にあったいろんな楽しみが薄れつつあるのではないかな、と。
たった一つの曲をカセットテープに録音する為に、ラジオの前に座り、今か今かと耳を傾けた、それ以外の何十分、何時間というアイドル時間。
そこに繰り広げられる音楽番組では、「こんないい曲もあったのか」と思いがけない出会いもあったし、司会者が語るアーティストの雑学に「ほほぉ」と感心することもあった。
自分と同じ曲をリクエストする、どこの誰かも分からないペンネームのリスナーに親しみを覚えることもあれば、ラジオの向こうの優しい語りかけに胸がじーんとすることもあった。
それはレンタルCDやダウンロードでは経験できない出会いであり、回り道の収穫だった。
目当てのものに直接手が届くというのは、一見便利なようで、実は多くのものを見落としてしまっているのかもしれない。
高校生の頃、毎月2回の発売日になると、小銭をもって本屋に買いに走った『FMステーション』。
これも時代の流れか、1998年に廃刊になったようだ。
あの頃、エア・チェックに精を出し、Maxellのゴールドラベルのクローム・テープに「お気に入り」を作ってコレクションしていた人たちは、今でもそのテープを大切に持っているのだろうか。(もう一つ上のクラスの「メタル・テープ」なんてのもあったなー)
かつての、エア・チェックのつわものたちよ。
ipodだの、MP3なんぞに背を向けて、もう一度、思い出して欲しい。
あのパリパリというノイズ混じりの音源に、出だしがちょっとチョン切れた(あるいはナレーターの声がちょっと入った)、手動録音の成果を。
パーソナリティの紹介と同時に録音スイッチに指を置き、「では次のリクエスト、スティクスの『ボート・オン・ザ・リバー』です」――から音楽が始まるまでの、あの1秒の空白に神経を研ぎ澄ませて、録音スイッチを押した緊張感を。
今から考えたら、あんなことよくやってたなー、と思う。
でも、楽しかったでしょ?
もう二度と経験することはないだろうけど、音楽ファンの私にとっては珠玉の思い出なのである。
§ NHKーFM 深夜放送『クロスオーバーイレブン』
こちらは往年のFMファンが泣いて喜ぶ「クロスーバーイレブン」のオープニングとエンディングです。
NHK-FMの深夜音楽番組として、ファンの間では絶大な人気を誇っていました。
音楽の間にショートストーリーが語られるのですが、私は「もやしクン」のファンで、この回が楽しみでしたね。
今でも印象に残っているのが、
「この世で一番美しいのは黄昏の陽だ。朝日なんて、ただ眩しいだけだ」
というスクリプト。
今ならこの意味が痛いほど分かる。
高校生の頃は、エンディングを聴くと、「あぁ、もう寝なきゃ~」って、一日の終わるのが惜しくて、せつない気分にもなりましたね。
/video/eleven_op.flv
/video/eleven_ed.flv
街も深い眠りに入り
今日もまた 一日が終わろうとしています
昼の明かりも闇に消え
夜の息遣いだけが聞こえてくるようです
それぞれの想いをのせて過ぎていく
このひととき
今日一日のエピローグクロスオーバー・イレブン
もうすぐ時計の針は
12時を回ろうとしています
今日と明日が出会うときクロスオーバー・イレブン
本当に美しい番組でした。
私は特に津嘉山 正種さんのナレーターが印象に残ってるかな。
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70年代の末から20年以上続いたNHK-FM深夜の長寿番組をテーマにしたコンピレーション。
おなじみ津嘉山正種のナレーションも収録、選曲は80年代から90年代にヒットしたソウル~フュージョン系の名曲が中心。
思い出にどっぷりつかれそう。
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