ポーランド流夏休み

我が家は、8月13日~15日(8月15日は聖母被昇天祭の祝日)の3連休を利用して、ポーランド東南部の山岳地帯とスロヴァキアに旅行しました。

5泊6日の日程でしたが、天候にも恵まれ、楽しく過ごすことができました。

今回は、旅行の雑感手記でございます。

(1) さらば惰弱な日々 -ポーランド流・旅行-

私は生まれも育ちも京都のど真ん中で、社会人になってからは情報誌『ぴあ』を片手に、ハイソなものを求めて歩き回るオヤジギャル系でしたから、「旅行」と言えば、

『魅惑の露天風呂 JRエクスプレスで行く豪華・海の幸の旅』

『雑誌「るるぶ」特選 アロマ・マッサージ付き・お洒落なペンション』

それが当たり前だと思っていました。

キャンプだの、バーベキューだの、飯ごう炊さんだの、そういう土臭いことはもっぱら苦手で、たとえ山の奥深くに出かけても、ディナーはキャンドルが灯っているようなロマンティックなレストランで、「地元の特産を生かした、こだわりのフレンチ」みたいなのを頂くのが常だったのです。

それだけに、ポーランドの地方都市に来て(すぐそこはウクライナの寒村みたいなトコ)、レジャーと言えば、

「山歩き」「グリル」「キノコ狩り」「イチゴ摘み」

泊まると言えば、「Noclegi(ノツレギ)」と呼ばれる、シャワーとベッドしかないような安宿、もしくは山小屋風のアパートメントで、宴会も無い。温泉も無い。
布団を敷いてくれる仲居さんもなけりゃ、浴衣やタオルのサービスも無い。

朝食 → 朝早く起きて、自分たちで用意
入浴 → お湯が止まる前に、カラスの行水
睡眠 → 大人一人がやっと横たわれるようなベッドを連結し、
     隙間に毛布を詰めて、子供達と雑魚寝
     

といったことを初めて経験した時には、

21(20世紀)の豊かな日本に生まれ育った、『るるぶ』な都会人のこの私がなんでこんな前時代の、土臭いことを経験せにゃならんのだ、と。

心の中で雄叫びをあげたものです、ハイ。

そりゃもう、始めてNoclegiに連れて行かれた時は、あまりの粗末さにボーゼンして、連れのポーランド人の知り合いから、

「シャワーもあるし、ロッカーもある。キッチンでお湯を沸かして、お茶だって飲める。上等じゃないか」

と慰められたぐらいだったんですよ。

だってね。

「旅行」って、上げ膳据え膳で、山海の珍味をお腹いっぱい食べて、ガイドさんに楽しい所に連れて行ってもらって、後はのんびり露天風呂……というのが日本では一般的じゃないですか。

でも、ポーランドでは、「旅行」と言えば、1週間以上の民族大移動。

食料・飲料水はもちろん、タオル、パジャマ、スリッパ、洗剤、洗濯用ロープ、ゴミ袋、トイレットペーパーなど、何から何まで持参して、朝はみんなでサンドイッチを作り、夜は焚き火でソーセージを焼き、毎日着替えの心配をしながら子供が寝静まった後、ジャブジャブ手洗いして、洗濯物を干して、また取り込んで、部屋や浴室が汚れたら掃除機をかけたり、拭き掃除をしたり。

入浴も、いつお湯が止まるかとビクビクしながら、子供と一緒に狭いシャワー・ブースにギュウギュウ詰めになって、汚れを落とすのが精一杯ですし。
(子供が0歳の時はベビーバス持参でした)

この前の旅行では、完全にお湯が止まってしまって、キッチンでありったけの鍋を沸かして、子供に入浴させたものです(私と夫は水シャワー。ぶるる)

旅行といっても、いつもの主婦業に毛が生えたような合宿生活なのですよ。

じゃ、どうして「ホテル」に泊まらないのか……と言えば。

コンプリートな宿泊サービスが受けられるホテルやペンションは、ドイツやフランス、アメリカといった、経済先進国の観光客を対象に値段設定がされているので、地元のポーランド庶民にはとても手が届かないのです。
(ポーランドに限らず、東欧や中欧はどこも似たりよったりです)

たとえば、日本円で「大人1名=1泊1万2千円」と聞けば、それほどでも……と思うでしょう。

しかし、ポーランド貨幣から見れば、この「1万2千円」は2万5千円以上の価値があります。

庶民の平均所得は12~14万円ぐらいですから、「1泊1万2千円」のホテルに親子四人で宿泊するのは大変な出費なんですね。

だから、お金のない庶民は1泊2千~4千円ぐらいのNoclegi、もしくは、貸し切りのアパートメント(1日5千円~7千円ぐらい)に泊まり、食事も毎回レストランなどには行かず、食材を持参するか、地元のスーパーで調達するなどして自炊するのが一般的なのです。

ちなみに、リゾート地のレストランも、先進国の観光客相手に値段設定されている所が多いので、バカみたいに高く感じます。

まあ、こうしたサバイバル経験を通して、私もずいぶん逞しくなりました。

以前は、土付き野菜なんか気持ち悪くて食べられなかったのですが(自然食品と銘打ってあってもイヤ)、今では野道になっているイチゴを摘みながら山歩きするのが好きだし、灰をかぶったソーセージとか、ハエのとまったトマトとか、床のヌルヌルしたシャワー室とか、そういうアウトドアなものにもすっかり慣れましたね。

ついでに白状しますが、今では、小バエの浮いたビールも、そこだけスプーンですくって飲むことができます(笑)

だって、一番最初に、

「げげ、ハエが浮いてる、新しいのに変えて~っ」と騒いだら、

「そこだけスプーンですくえばいいじゃないか」とみんなに言われたから。

小バエが浮いたぐらいで騒いではいけないんですよ、皆さん。。。

ちなみに、ポーランドの伝統的なジョーク(?)に、次のようなものがあります

『スープに小バエが浮いた時。

ポーランド人は、そこだけスプーンですくって、食べる。

アメリカ人は、スープ皿ごと捨てる。

ロシア人は、小バエについたスープをしゃぶってから、ハエを捨てる』

言い当てていると思います。

(2) 欧米の1ヶ月バカンス ~日本との休暇の違い~

欧米人と言えば、

「1ヶ月以上のバカンスを取って、休んでばかりいる」

というイメージがありますね。

でも、実際にはそれほど休んでいない……というのが私の実感です。

たとえば、ポーランドでは、サマーシーズンになると3週間の夏休みが与えられますが、祝日は日本より少ないし、祝日と土日が重なっても振り替え休日にはなりません(すごく損した気分)。

一年を通じて3連休もほとんどなく、オフシーズンの大半は、週休2日で詰めて働いている感じです。

日本は逆に祝日が多く、ほとんど毎月のように3連休がありますね。

祝日が土日と重なれば、振り替え休日にもなります。

また長期休暇も、ゴールデンウィーク、盆休み、年末年始と年に3回あって、休日の数だけ見れば、ポーランドとそれほど変わりません。

これに有給も合わせれば、実際には、かなりの休日が与えられていると思います

にもかかわらず、「日本人は休めない」というイメージがあるのは、休暇の取り方が中途半端だからではないでしょうか。

よくある「3連休」も、ちょっと休むには退屈で、何かするには短すぎるでしょう。
旅行するにも、2泊だと慌ただしいだけですし、「リフレッシュ」というところまではいかないのではないかと思います。

それに、毎月のように3連休があっても、かえってダラけるだけで、仕事の効率も落ちませんか?

特に、営業や販売は勢いが必要ですし、中途半端な3連休は良い流れを遮るだけで、かえってジャマなような気がするんですけどね。

それに、ゴールデン・ウィークや盆休みは、何処へ行っても人がウジャウジャして疲れるだけですし、皆が一斉に休みに入るので、「自分だけの休暇を満喫」という雰囲気ではないでしょう。

前に勤めていた職場で、

「私はこの10年間、数えるほどしか有給を取ったことがないわ」

と自慢げに語る上司が、業務に差し支えない程度に有給を取って、絵画の勉強をしている私の友人のことを陰でボロカスに言ってたことがありますけど、根本的に「休み=怠け者=罪悪」という偏見がある限り、誰もが「心から休みを満喫する」ということは不可能だと思います。

それに「休みをとってでも、やりたいと思う事が無い」というのは、人間として淋しいことだと思いませんか。

『休み』というのはやはり「自分の好きな時に、好きなだけ休んで、いつもと違う事をする」から休んだ気になるのであって、「皆と同じ時期に一斉に休みを取り、延長したくても人の目が厳しくて叶わず、結局、パッケージ的な楽しみで終わってしまう」となると、ただ単に「出社しないだけ」、休んだ気にはならないと思います。

うちの知り合いもポーランドに来たがっているのですが、上記の理由から、1週間ぐらいの日程しか組めません。

そういうと、ポーランドの人達は、「1週間なんて短すぎる。少なくとも3週間は滞在すべきだ」と首を傾げるのですが、日本の会社で3週間も休みをとったら翌日には机が無くなってますよね(笑)

つまり、「休日は十分に与えているが、自由には使わせない」というのが日本社会の体質であって、これが改善されない限り、欧米的な「人生を有意義に楽しむ」という実感は得にくいのではないかと思います。

休日をどう使いこなすかで人生の質も大きく変わってくると思うのですが、いかがでしょうか。

(3) 子連れで2000メートル級登山 ~男親にしか出来ないこと~

ポーランドとスロヴァキアの国境には、両国にまたがるようにして2000メートル級の山々が連なるタトラ山脈があります。

夏は、キャンプ、トレッキング、リフティング、スパなどを楽しむヨーロッパ中の観光客で賑わい、冬はスキーヤーでいっぱいになる、東欧最大の山岳リゾートです。

日本に居た頃は、2000メートル級の山なんて2回しか登ったことがなかったのですが、ポーランドに来てからしょっちゅう登頂するようになりました。

ベビーカーをリフトに載せて登頂したこともあれば、1歳の子供たちをキャリーに背負って、湖畔の山道を周遊したこともあります。

子連れの登頂はこちらでは珍しくなく、中には、生後8ヶ月ぐらいの赤ちゃんをお父さんがコアラ抱っこして、険しい山道を登っていくケースも少なくありません。

今回も1500メートル級の山に登ったのですが、1~3歳児をキャリーに背負って登頂する家族連れをたくさん見かけましたし、0歳児をコアラ抱っこして登っていくお父さんも何人か見ました。

キャリーといっても、スリングのような布製のものではなく、パイプが組み合わさった、自転車の補助席みたいなものですから、3歳児にもなれば、総重量は20キロ近くに達すると思います。

それでも背負って歩かれるのですから、男親って、本当にたくましいですよね。

そしてまた、夫の後ろから文句も言わず、ベビーフードやベビー用飲料、オムツやブランケット、夫婦二人分の食糧や飲料水を背負って、黙々と登っていく奥さまも本当に凄い。

私なら「子供を背負って、山登りぃ? ジョーダンじゃないわよ」って、絶対文句言いますよ。
(私に出来るのは、リフトの山頂駅周辺をトロトロ歩き回るぐらい)

こういうカップルって、多分、独身時代から、二人でいろんな山に登った経験があるのでしょうね。
旦那さんはともかく、奥さんの装備など見ていますと、一朝一夕に身に付いたスタイルではありませんもの。
(またこういう奥さんに限って、プロポーションが抜群に良い!)

彼らにとっては、「子供が出来たら、子供も連れて行くのが当たり前」で、そこに特別な線引きはないのでしょう。

ある主張を持つ人から見れば、

「そんな高い山に生後8ヶ月の赤ちゃんを連れてゆくなんて、とんでもない。親の身勝手だ」

という事になるのでしょうけど、私には、彼らが「自分たちの楽しみの為に、子供を犠牲にして山に登っている」ようには見えません。

本当に「自分たちが楽しみたいだけ」なら、子供なんか背負わずに、夫婦二人で登った方がはるかにラクなのですし、大変な重量と危険を伴うにもかかわらず、子供を背負って登るということは、子供を抜きにしては語れないものがある……という事でしょう。

0歳児や1歳児では、ここが山だということも、自分が何をしているかも理解できないかもしれませんが、お父さんのたくましい背中に揺られながら、高い山をグイグイ登って行く一体感や爽快感は、日常生活では決して味わえないものだと思います。

「男親にしかできない事」って、たくさんあります。

父親との思い出が深い子供は幸せです。

(4) 車で国境越え  ~『国際化』という言葉~

ポーランドで暮らして何が面白いって、車で簡単に国境を越えられることです。

スロヴァキアはもちろん、ウクライナ、ハンガリー、チェコ、ドイツ、遠くはスペインやポルトガルまで、車で行けない所はありません。

地図の売り場に行くと、「ヨーロッパ・ドライブガイド」みたいな本がたくさん出回っていて、「他国に旅行する」と言えば、車で移動するのが一般的なようです。(飛行機よりはるかに安い)

ちなみに、高速を利用すれば、ポーランドの東側からでも、午前6時に出発して午後11時にはパリに着くことができます。

知人に言わせれば、「ヨーロッパなんて狭いのよ」。

確かに、スロヴァキアぐらいの大きさなら、国を縦断するのに半日もかからないですからね。

(福井県の隣が中国で、名古屋の隣がアメリカなら、日本も縦断するのに半日もかからない国です)

それだけに、一般車道の制限速度も日本人の私には桁違いに早く、

高速道路 =130km/h

自動車専用道路 = 110km/h

一般車道(国道・県道) 郊外 = 90km/h

となっています。

まあ、車の絶対数が圧倒的に少ないため、郊外の一般車道を100km/h以上で走行してもほとんど差し支えないのですが(ネズミ取りに引っ掛かりさえしなければ)、日本の高速のように高架に作られているわけではなく、ドイツのアウトバーンのように、「地表を走る高速道路」みたいなものですから、当然、横断歩道もあれば、車道脇を自転車や歩行者が行き来することもあります。

100km/h以上のスピードでバンバン走っている車の横を、おじいさんがフラフラ~っと自転車に乗っていたり、信号待ちの少年グループが、車道ギリギリまで自転車を寄せて、ゲラゲラふざけている事もあり、そりゃもう、運転初心者の私には肝が潰れるほど怖いこともあります。

にもかかわらず、こっちの人は、気が狂ったのかと思うほどの猛スピードで、曲がりくねった山の車道も一気に駆け抜けていくので、

『広いポーランド、そんなに急いで、何がある?』

という標語を掲げたくなりますね。

ちなみに、こちらは一歩郊外に出ると、信号なし、トンネル無しで、2時間走行しても一度も停車せず……なんてことはザラです。

だから余計でスピードが出るのでしょうね。

私はどんなに早くても90km/h以上は恐ろしくて出せませんが(笑)

それにしても、5年前、初めて車で国境を越えた時には、非常に不思議な感じがしたものです。

高速道路の料金所のような出入国審査所を抜けると、そこは言葉も、文化も、法律も、貨幣も、すべてが異なる『外国』なのですから。

風景はほとんど変わらないのに、国境を越えた途端、道路標識も、店の看板も、すべてが一転するのですから、『国境』って、本当に面倒なものだと思います。

それだけに、ヨーロッパが統合を目指してEUを設立したことは納得行くものがあり、これからどんどん国と国の境が薄れ、もう2,30年も経てば、『国家』という概念さえ変わってしまうのではないかと思わずにいないほどです。

その象徴的な出来事が、国境の廃止です。

EU加盟前は、国境を通過するにはパスポートやビザが必須で、車もトランクや座席など、一台一台が丹念に調べられたものですが、今ではパスポートもビザも必要ありませんし、審査所そのものが完全に閉鎖され、空き家と化しています。

まるで県境を越えるかのごとく隣の国に行けてしまうので、本当に驚きです。

「ありゃ、いつの間にスロヴァキア入りしたんだろう」って。

ぼーっとしてたら、気付かないほどですよ(笑)

ちなみに、言葉の上でも、ポーランド語とスロヴァキア語は大差がありません。

青森弁と鹿児島弁みたいなものでしょうか。

完全に異なる言葉もありますが、簡単な日常会話なら、お互いに意志の疎通を図ることができます。

私も5年前に初めて訪れた時は、何が何だかわからなくて遠巻きに眺めているだけでしたが、今回は、料理を注文したり、トイレや受付の場所を訊ねたりするぐらいなら勢いで出来るようになりました。

ポーランドで暮らして、スロヴァキア人ともお話できるのは、ちょっと得した気分ですネ。

ちなみに、第一次世界大戦後、EUの基本理念となる『汎ヨーロッパ思想』を著したリヒャルト・クーデンホーフ・カレルギーの母親は、本名・青山ミツ、ボヘミアで『黒い瞳の伯爵夫人』と謳われた、ミツコ・クーデンホーフ・カレルギーです。
ミツコは、外国人貴族と正式に国際結婚した、日本女性第一号として知られています。
参考文献はコチラ 【クーデンホーフ光子―黒い瞳の伯爵夫人 (カルチュア・ドキュメント)

誰も大きな声で言いませんが、EUの生みの母は日本人なんですよ……。

(5) 人生を楽しむ

ポーランドに来て、0歳児を背負って登山する若夫婦や、朝から晩まで走り回っている元気な子供達、温泉も豪華・海の幸もない安宿で、ウォッカ・グラスを片手に、焚き火で焼いたソーセージをつまみ、歌い、踊りながら夜を明かす中高年夫婦のグループなどを見ていますと、『人生は、楽しむためにある』ということを、しみじみ感じずにいません。

享楽的な楽しみではなく、心が心地良いと感じる生き方をすることです。

日本ではよく言いますね。

「定年退職してから、夫婦であちこち旅行するのが夢だ」と。

でも、足腰が弱ってから(その頃には胃腸も弱って、満足に食べることもできないだろうし)、今まで我慢してきたことを一気に取り返そうとしても、徹夜で仲間と飲み明かしたり、2000メートル級の山を踏破したり、スキーを楽しんだり、出来ない事の方がうんと多いんじゃないかと思います。

若さや健康は買い戻せませんし、子供達と過ごせる時間もほんの束の間です。

今、味わうべき楽しみを後回しにして、それで本当に後悔はないのか、しばしば考えさせられます。

先の、「スープとハエ」のジョークに喩えれば、

『日本人は、ハエを捨てるか、どうするか、周りを見ながら考え込んで、結局、何もできないまま、冷めて美味しくなくなったスープを我慢して飲む』

そんな面がなきにしもあらず、と思います。

「休み」というのは、仕事や勉強から距離を置くためにあるのではない。

いつもの日常から離れて、人生をより深く、楽しく体験するためにあるのだと思います。

休める機会があれば、それをぜひ未知なる体験、できれば子供とともに楽しんで頂けたらと思います。

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