書籍と絵画

エロス(クピド)とプシュケ 魂の昇華

2010年5月2日

ある国の王と女王の間に三人の娘がありました。
みな素晴らしい美女でしたが、わけても末娘プシュケの美しさは褒め言葉もないほどでした。

しかし、これを不愉快に思った美の女神アフロディーテ(ヴィーナス)は息子エロスを呼び出し、プシュケに下賎でつまらない男に恋させるよう命じます。

エロスはさっそく甘い水と苦い水を琥珀の瓶に汲み分け、矢筒の先に下げてプシュケの元に飛んで行きました。ところがプシュケの美しい寝顔を見るうち、エロスは悪戯するのが気の毒になってしまいます。
そうして、ふとプシュケが目を開けた時、エロスは慌てて恋の矢で自分自身を傷つけてしまったのでした。

一方、王と女王は、プシュケに一向に花婿が現れないのを案じ、アポロンに神託を伺います。しかしそのお告げは、『その娘は人間の花嫁にはなれない。夫は山の頂上に住む、神でも人間でもない怪物だ』という恐ろしいものでした。

【クピドの庭に入るプシュケ -Psyche entering Cupid's Garden- ジョン・W・ウォーターハウス J.W.Waterhouse

【クピドの庭に入るプシュケ -Psyche entering Cupid’s Garden- ジョン・W・ウォーターハウス J.W.Waterhouse

夫は夜になるとプシュケの前に現れ、明けないうちに去って行きました。夫は決して姿を見せませんでしたが、とても優しく可愛がってくれるので、プシュケも心から慕うようになりました。

プシュケは姿を見せて下さいと幾度も頼みましたが、夫は『僕の愛に疑いでもあるのかい』と聞き入れません。
『僕はただお前が愛してくれさえすればいい。僕が何者であれ、お前と同等のものとして愛してもらえたら、それで十分なんだ』

そんなある日、プシュケの姉たちがやって来て、彼女に言います。
「その夫はきっと恐ろしい怪物で、いつかお前を食べてしまうつもりなのよ。夫がすっかり寝入ったら、明かりを点けて、その姿を見てごらん。もし怪物だったら、その頭をすぐに切り落としなさい」

夫を信じきっていたプシュケも、姉たちにいろいろ言われるうちに、だんだん疑い始めます。そしてその夜、夫が寝入ると、プシュケは小刀を持って明かりを点け、夫の姿を目にします。

ところが、そこに眠っていたのは恐ろしい怪物などではなく、白い翼をもった、この上なく美しい神様でした。
プシュケが明かりを近づけると、彼の肩に蝋が滴り落ち、エロスは驚いて目を醒まします。
彼はじっとプシュケを見つめると、白い翼を広げて窓から飛び出しました。
プシュケも夫の後を追いましたが、翼の無い彼女は窓から地上に落ちてしまいます。
泣いて悲しむプシュケにエロスは言いました。
「愛と疑いは一緒にいられないのだよ」

【クピドとプシュケ】-Cupid and Psyche- フランソワ・エドアルド・ピコー François.Edouard.Picot

【クピドとプシュケ】-Cupid and Psyche- フランソワ・エドアルド・ピコー François.Edouard.Picot

プシュケは昼も夜も夫を探し回ります。
そしてエロスの母であるアフロディテを訪ねると、女神は怒って彼女に言いました。
「あの子はお前に受けた痛手が元で、まだ病に臥せっているよ。お前がもう一度夫と一緒になりたいなら、私の言いつけを聞いて、うんと仕事をしなければならない」

アフロディテがプシュケに課した仕事はどれも大変なものばかりでした。プシュケは途方に暮れますが、他の神様たちが力を貸してくれたので、何とか片づけることができました。

それでもアフロディテの怒りは収まりません。女神は一つの箱を手渡して、彼女に言います。
「これを持って冥府の女王ペルセポネの所に行きなさい。病に伏せる夫のために、彼女の美しさを分けてもらってくるのです」
死を覚悟して冥府に向かったプシュケは、無事に務めを果たし、帰路につきます。
が、どうしても箱の中身が見たくなったプシュケは、言いつけに背いて箱を開けてしまいました。
箱に入っていたのは美しさではなく、冥府の眠りでした。眠りに憑かれたプシュケは、道の真ん中に倒れてしまいます。

一方、すっかり傷が癒えたエロスは、女神の目を盗んで部屋の窓から飛び出すと、プシュケを探し求めます。
やがて眠りにつかれたプシュケを見つけると、エロスは眠りをかき集めて箱の中に閉じ込め、プシュケを軽く矢で突ついて目覚めさせました。そして大神ゼウスの所に連れ立ち、二人を永遠に結び合せるよう嘆願したのです。
ゼウスは恋人たちの願いを快く受け入れ、プシュケに不老不死の霊酒を与えました。
神体となったプシュケには美しい蝶の羽根が生え、二人の間には「悦び」という名の娘が生まれました。

【プシュケとアモール】-Psyche and Amoir- フランソワ・ジェラール Baron François Gérard

【プシュケとアモール】-Psyche and Amoir- フランソワ・ジェラール Baron François Gérard

エロスとプシュケの寓意

エロスとプシュケの伝説は、「愛(エロス)が魂(プシュケ)を求め、永遠に結ばれる」という寓意を表わしたものです。

ギリシア語には、「愛」を表わす言葉が四つあります。
エロス(欲望の愛)、フィリア(友愛)、ストルゲー(親子の愛)、アガペー(神的な愛)です。

プラトンの説によれば、エロスとは「自己充足を求めて、自己を充たしてくれるものを無限に追求して行く情熱(パトス)」であり、「精神的な価値のあるイデア(価値、形相)を探求してやまない欲求的愛」とされています。

それは絶対的で無条件のアガペーと違い、自分にとって価値あるもののみを愛し、価値が無いものは愛さない、あくまで自己充足的な愛なのです。
エロスの愛(欲望)は、魂(プシュケ)と結びついて初めて本物の悦びを得るということを、この寓話は説いているのです。

ギリシア語の「蝶」は「Psyche(プシュケ)」であり、「霊魂」を意味します。
蝶がサナギから美しく変容するように、プシュケは、様々な苦痛や不幸で清められた後、真の悦びと純潔な幸福を授かる人間の霊魂を表わしています。

← ブーゲローの絵は直訳すれば「プシュケの誘拐(?)」になるのですが、私の趣向により「昇華」とさせていただきました。

【プシュケの昇華】The Abduction of Psyche ウィリアム・ブーグロー William-Adolphe Bouguereau

【プシュケの昇華】The Abduction of Psyche ウィリアム・ブーグロー William-Adolphe Bouguereau

§ エロスとプシュケに関する書籍

ギリシャ神話の本はたくさん出ていますが、絵画と合わせて知りたいなら、こちらの本がオススメ。
学術書のように堅苦しくなく、マンガ感覚ですらすら読めます。
登場する神々のイラストも可愛いし、ピックアップされている絵画も、美術ファンなら是非とも抑えておきたい名画ばかり。
これを一冊読めば、ギリシャ神話はもちろん、美術鑑賞の基礎的な知識も身に付きます。

【Amazonレビューより】
ギリシャ神話を中心に、北欧・ケルト神話の主なエピソードをシンプルなイラストや漫画で表現してあります。
特に西洋のルネサンス周辺の絵画ではこれらの神話をテーマにしているものが多いので、それらもあわせて取り扱っています。
「あの絵のこの人物はこういう人なのか!」
「この絵のこんな虫一匹がこんな意味を持っていたとは……」ということになります。
ルネサンスの絵を見て「??」となっていた人や、「ギリシャ神話って複雑で読む気がしない」と思っていた人に読んでほしい一冊です。

ギリシア神話の本も数ありますが、読むなら岩波文庫のトーマス・ブルフィンチがおすすめ。
永遠の定番です。

ウィリアム・ウォーターハウスをはじめ、ラファエル前派の絵画に興味をもったら、この本がおすすめ。
様々な神話や伝説に基づいた、幻想的で美しい大人の絵本です。

本物の「エロスとプシュケ」を見にルーブルに行きたくなったら、こちらのガイドブックをどうぞ。
美術館内部や絵画の解説はもとより、おすすめレストランやプチホテルなども紹介されています。

美術・デザインに関する書籍をお探しなら・・
視覚デザイン研究所』 こちらの出版社がおすすめです。
シロートにも分かりやすく、親しみやすい美術書がたくさん出版されています。

こちらも参考にどうぞ。 西洋美術の入門書(カワイイから本格派まで)

初稿:1998年秋

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