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現実?  不条理?  ~遺産相続の人生相談より~

2001年2月2日

産経新聞の人生相談が面白い。回答者は、某大学の精神医学科教授。きれい事は一切ないので、読んでいて面白い。    

ある日の朝刊に、こんな相談があった。姑の介護にまったく協力しなかった義姉二人が、姑の死後、法律に則り、遺産の分配を要求してきたというのである。相談者の夫は、後腐れ無いよう遺産を分配し、やってしまえという。しかし姑に尽くした嫁は気がおさまらず、どうしたらよいかというのである。    

先生の回答はこうだ。    

『この欄には、昔から、自分の、あるいは相手の実家側の縁者が、あつかましくて無責任で恩知らずで身勝手であるといった悩みがたくさんやってきました。わたしは、いつも“できるだけ相手になるな、疎遠にしておれ”と答えるようにしてきました。    

よくある人生相談みたいに、誠意をもって対応したら真心はいつか通じますなんてノーテンキな回答は決してしません。    

あんなの、もう時代遅れというよりなにより、単なる事実誤認です。    

世の中をしっかり観察していると、“善い人は報われないことが多く、悪い人は滅多に変わらない”といった原則に気付くものです。ですから、“善い人”はできるだけ“悪い人”と没交渉にしておくしかないのです。    

遺産に関しては、ご主人の方針通り、きれいに三等分してやってしまいなさい。そしてその後は付き合いなどしなければいいのです』    
    

この相談者、よほど姑の介護に苦労なさったのだろう。それなのに、厄介払いができた後、のこのことやって来て、遺産だけを要求されたら、誰だって気が収まらない。    

イソップの法則に基づけば、「働かざるキリギリスは、風に吹かれて飛んで行け」なのだが、そうはならないのがこの世の中だ。義姉が薄情だろうが、極悪人だろうが、法律は彼女らの権利を保証し、遺産の受け取りを正当化しているのである。    

アメリカの有名なセラピストは言う。    

『私たちは、子供の頃から、正しくあれ、勤勉であれ、誠実であれ、優しくあれ、そうすれば幸せになれる──と教えられるが、現実はそうではない。不誠実で、怠け者で、情の欠片もない人間が次から次に幸運を手にし、真面目な働き者がいつまでたっても報われない事実は余りにも多い。私たちはその現実を認め、受け入れなければ病んでしまう』    

この相談者も受け入れねばならないのだ。奉仕の量と、法律上の権利は、必ずしも一致しないということを。    

結局、『正直者は馬鹿を見る』──馬鹿を見ないように生きてゆくのが利口なやり方なのだろうか──などと考えていたら、東京で大変痛ましい事故が起きた。    

ホームに転落した酔っぱらいを助けるために、捨て身で飛び込んだ男性二人が列車に巻き込まれて死亡したのである。    

聞けば、二人ともまだ若い。一人は、熱血カメラマン。もう一人は、日本との間に険しい歴史をもつ韓国人学生だった。    

二人の名は称えられ、その通夜には国会議員まで弔問した。しかし死んだ人間が、花など欲しがるだろうか。    

死んだ後、表彰されて嬉しいだろうか。    

それより、なにより、生きたかっただろう。生きて、もっと人生を楽しみたかっただろう。    

死後、韓国人学生のホームページには、5万近いアクセスがあったという。だが、死んでたくさんの人に見てもらうより、生きて更新する方がどれほど楽しいかしれない。    

二人には、生きていて欲しかった。死んで名を高めるような、やり切れない報いではなく、生というもっと大きな悦びで報われて欲しかった。    

でないと、あの忌まわしい言葉──『正直者は馬鹿を見る』が成就されてしまうから。    

身を捨ててホームに飛び込んだ人間がいるなら、見て見ぬ振りして立ち去った人間もいるはずだ。二人の死を美談として伝えるその横に、ぜひぜひ、私は後者の本音を見てみたい。人間の偽らざるホンネというやつを。    

今頃、ビールでも飲みながら、「巻き添えにならなくて良かった」と胸をなで下ろしている人。「馬鹿な奴ら」と内心思っている人。「俺には関係ない」と他人事で済ます人。    

悪いとは言わない。それもまた人間の姿である。実際、見て見ぬ振りをして立ち去った人は、生き延びた。それがこの世の中だ。    

もし、子供が自分の背中を突っついて、「ねえ、見知らぬ他人がホームに落ちたら、僕はどうしたら良いの」と訊ねたら、あなたならどう答える?    

私の救いは、見て見ぬ振りして立ち去った人の中にも、後から二人の霊に手を合わせ、自分の弱さや卑小さを恥じたり詫びたりする人が少なからずいるだろう、と思うことだ。    

死んだ者は二度と返らないが、生き残った者は何かを変えることができる。    

現実は、道徳教本のように、いつも正しく公平に、とはいかない。そこにはいつも弱者の悲鳴や賢者の血が渦巻く。この世の中で傷つかずに生きていたければ、何ものにも関心を持たず、正義はいっさい期待しないことだ。そうすれば、渇いても、裏切られることはない。    

現実は、人に厳しい。    

にもかかわらず、人は求め、今日も生きる。    

初稿:01/02/02    

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