バレエ&オペラ&クラシック

マヤ・プリセツカヤの『瀕死の白鳥』~THE DYING SWAN~ サン・サーンス作曲

2010年4月30日

バレエ 《 瀕死の白鳥 》
~THE DYING SWAN~
振付け : ミハイル・フォーキン
音楽 : サン・サーンス 「白鳥」 - 組曲「動物の謝肉祭」より-

§ 『瀕死の白鳥』について

今世紀初頭、ロシアで活躍した振付家ミハイル・フォーキンが、同じロシアの名バレリーナ、アンナ・パブロワの為に、ほとんど即興で振り付けたといわれる小品です。
この作品では、死に瀕した白鳥が、生に向かって必死に羽ばたきながらも、ついには力尽きて死んで行く様が描かれています。
ほんの二分足らずの小品ですが、生と死のドラマが凝縮されたこの作品を踊るには、技術以上のものが要求されます。
生への希求と敬虔さ、死に瀕した悲しみ、決して絶望ではない「死」の訪れ……こうした内面世界を、舞踊という瞬間の造形によって表現せねばならないからです。
それは舞台の上で繰り広げられる「一瞬の人生」といっても過言ではありません。

これまで多くのバレリーナがこの作品に挑戦し、それぞれの個性を生かした踊りを創り出してきました。
美しい悲しみに満ちたもの、生への憧れを強く打ち出したもの、倒れては起き上がり、ひたむきに死と闘うもの……実に様々ですが、私はロシアの偉大なバレリーナ、マヤ・プリセツカヤの「白鳥」が一番好きです。
彼女の白鳥が舞台の上で倒れるのはたった一度だけ……最後の瞬間まで尽きることの無い、生への強い意志と尊厳を感じさせてくれます。
バレエには、「白鳥の湖」のオデット姫や、「眠りの森の美女」のオーロラ姫など、素晴らしいヒロインがたくさんいますが、彼女の白鳥は「ヒロイン」を超えて、強く、気高い「生の英雄」と呼びたくなるほどです。

※この動画はYouTube内でしか視聴できません。お手数ですが下記リンクにジャンプしてください。
Maya Plisetskaya – “Swan” https://youtu.be/Krj-QsQvYSc
マヤ・プリセツカヤ 瀕死の白鳥

「Maya Plisetskaya Swan」で検索すると、いろんな動画にヒットしますが、私が所有していたVHSビデオは上記のものです。文芸春秋が販売元でしたが、十年以上前に廃盤になりました。ソ連のTV番組の録画で、たまに輸入盤DVDに収録されています。それもすぐに廃盤になるので、現在は非常に入手困難な映像です。(私が見た中では、これがベストです)

マヤ・プリセツカヤ / MAYA PLISETSKAYA

マヤ・プリセツカヤは、1925年、ロシアに生まれました。
芸術的血筋に生まれた彼女は、幼少の頃からその天性を発揮し、1943年、ボリショイ・バレエ団にソリストとして入団します。そして二年後には早くもトップに立ち、「白鳥の湖」や「ドン・キホーテ」といった大作のヒロインを演じて、大成功を収めました。
卓越した技術と表現力をもつ彼女は、古典のみならず、海外で活躍する様々な振付家と組んで、次々に新しい舞踊を創り出し、世界中の観客を魅了してきました。現在、御年72歳(1997年現在)。
彼女は今日も舞台に立ち、素晴らしい舞踊を披露しています。
彼女はこう語っています。
「腕が動く限り、私は踊り続ける」と。

VIDEO

このビデオを初めて見たのは、15年前のことでしす。
今は廃盤となって、入手困難な、「マヤ・プリセツカヤ」というタイトルのビデオを購入したのがきっかけです。
これを見た時は、そのあまりの美しさと表現力に、息をするのも忘れるほど陶然と見入って、涙が止まらなかったものです。
上記にも書きましたが、彼女の白鳥はいたずらに死を嘆くのではなく、最後の瞬間まで「生きよう」とする意志に支えられた、生の英雄だからです。
それから来日公演の度に見に行きましたが、一度として同じように踊られることはなく、また、踊る度に伝えられるものが違って、彼女の卓越した才能をまざまざと見せつけられたものです。
現代も、「天才」とか「逸材」とか言われるバレリーナは少なくありませんが、マヤ・プリセツカヤのように卓抜したテクニックと劇的な表現力、意志的な強さと気品を兼ね備えたバレリーナは他にないと思います。これから表れることもないでしょう。
あまりにも早く生まれすぎたために(若い世代にとっては)、絶頂期の演技をデジタル化された美しい映像で見ることは叶いませんが、こんな古い映像でも、その才能の片鱗をあますことなく見せつけるあたりは「さすが」としか言い様がありません。
ロシアの恐怖時代、芸術家だった父と母を処刑され、バレリーナとしての活動は恐怖政治への抵抗でもあった彼女の演技は、年を重ねるごとに、アクロバティックなものから精神的な深みを増し、世界の名だたる振付家に多大なインスピレーションを与えずにいませんでした。
そして、彼女の演技を見る度に、「芸術とは何か」「人生とは何か」ということを、考えさせられずにはいないのです。

こちらはロシアのマリンスキー劇場で踊られたライブの『瀕死の白鳥』。
この時、彼女は70歳。
「腕が動く限り踊り続ける」という彼女の言葉に偽りはありません。
意志があれば年齢など関係ないということが、ありありと伝わってきます。

Maya Plisetskaya The Dying Swan 1992年

会場の熱気まで伝わってくるような、躍動感あふれるキトリです。

Maya Plisetskaya in Don Quixote by Leon Minkus

こちらのソロも、弾けるような若さが光っています。

Maya Plisetskaya, Don Quixote 1960 solo

そのバレエ人生において、「一度もコールド・バレエを経験したことがない」というプリセツカヤ。
ボリショイ・バレエ団には、いきなりソリストとして入団しています。
若かりし頃のプリセツカヤは、身体を弓のようにそらし、踵が頭につきそうなぐらいのフェッテで、観客を魅了しました。
こちらも観客の興奮が伝わってくるような、情熱的なソロです。

Maya Plisetskaya Laurencia, 1960

こんな可愛い役柄にさえ、彼女の意志的な強さと気品が表現されています。
クライマックスのアラベスクで軸足がふらつかないのは、さすが。

THE SLEEPING BEAUTY – ROSE ADAGIO (Plisetskaya, 1977)

これはうろ覚えで本当に申し訳ないのですけど(汗)

「私にとりついたムシが、死へと導く……(だったかなー)」という、有名な詩(誰のだったかなー)にインスピレーションを受けて、ローラン・プティがほとんど即興で振り付けたという『バラの死』。
音楽は、『マーラーのアダージョ』と言えば、すぐに分かってしまうあの曲です。
(バレエ以外にも、映画「ヴェニスに死す」、ジョルジュ・ドン&モーリス・ベジャールの「アダージェット」など、様々な名作をインスパイアしてきた珠玉のアダージョです)

DEATH OF THE ROSE (Plisetskaya-Kovtun, 1978)

ちなみに『マーラーのアダージョ』と言われるのは『交響曲第5番第4楽章』のことです。
非常に美しい名演です。

雑誌『ダンスマガジン』より

バレエに興味の無い人でも一度は見ていただきたいのが、マヤ・プリセツカヤの「瀕死の白鳥」だ。
わずか二分足らずの踊りの中に、人ひとりの人生を垣間見るような生と死のドラマが凝縮されているからである。
彼女の白鳥は、見る者に悲しみではなく、生きる勇気と喜びを与える。それは彼女の白鳥が、「死」を嘆きながら果てるのではなく、最期の瞬間まで「生」へのひたむきな想いに支えられているからだ。
力尽きてなお羽ばたこうとする白鳥の姿に、私は彼女の舞踊への情熱と不屈の意志を感じずにいない。
それはまた、悲しみや苦難を乗り越え、凛として生きてきた彼女の生き様そのもののように思う。

彼女は音楽に合わせて踊らない。
その腕の動きで、流れるようなパで、自ら音楽を奏でつつ踊る。
その音色のなんと切なく、美しいことか。
彼女の舞う空間には、いかなる弦にも作り出せない幽玄の響きが広がり、見る者を忘我の境へと誘う。
そして、その音色は一遍の詩のように美しく、力強く、心に語りかけてくる。
「生を愛せ、精一杯生きよ」と。

彼女の白鳥は死の踊りではない。生命の讃歌だ。
それは真に強く、気高い魂の持ち主だけが演じられる、「本物の白鳥」といえるだろう。

『音楽の友』95年五月号に掲載されたものに補筆しました。

「白鳥の湖」の特集、楽しく拝読させていただきました。
私が魅かれる「白鳥」は、なんといってもプリセツカヤです。
哀しみの中にも強さと気高さを秘めた白鳥(オデット姫)も良いですが黒鳥(オディール姫)も圧巻です。
彼女の黒鳥はまさに「邪悪の化身」、妖しい微笑と魅惑的な仕種で王子の心を支配していきます。
そして王子が過って愛を誓うと、勝ち誇るような笑いを残し、一陣の黒い風となって去って行きます。
演出により物語の結末は様々ですが、私はプリセツカヤが体現したような、愛の強さと美しさ、その勝利を高らかに謳いあげた彼女の「白鳥」が大好きです。

『ダンス・マガジン』94年12月号に掲載されたものに補筆しました。

§ 関連商品

今世紀最高のプリマは美しいだけではない。あの『瀕死の白鳥』を演じる繊細な手は、時の権力者たち―スターリン、フルシチョフ、そしてゴルバチョフ夫人ライサ―の過酷な圧力から、ロシアの至宝、ボリショイ・バレエを守るための強力な武器でもあったのだ……。

数々の苦難に挫けることなく、人生の全てバレエに捧げたプリセツカヤの深く、にじみだすような意志と情熱が感じられる自伝。

【Amazonレビューより】
彼女がいかに逆境に晒されながら生きてきたかが窺い知れる興味深い内容でした。
舞台で踊ることも政治的な理由と切り離すことが出来ず、苦悩した日々、闘い続けた日々が綴られています。
それでも彼女がバレエを愛し踊り続けることを望んだエネルギーがひしひしと伝わってきます。感動しました。
政治的な圧力に負けず敢行した公演、初めてベジャールの振り付けを踊ったこと、ボレロのリハーサルの話など印象に残る話が満載でした。

やはり活躍された年代が一昔前だけあって、今に残るフィルムは非常に少ないし、たまに商品化されても廃盤になっているものが多い。
こちらのDVDは、若き日の練習風景から華やかな舞台まですべてを網羅したドキュメンタリー作。
「白鳥の湖」「スパルタカス」「ロミオとジュリエット」など、今に伝えられる名舞台の一場面を紹介しています。

組曲「動物の謝肉祭」は、1886年、フランスの音楽家サン・サーンスによって作曲されました。「亀」「象」「カンガルー」など十四種類の動物が、「天国と地獄」など、様々な名曲のパロディー的引用によって描かれています。
しかし第十三曲の「白鳥」だけは、完全なサン・サーンスのオリジナルであり、小曲ながらも、非常に美しく、魅力的な作品に仕上がっています。
通常はピアノとチェロで演奏されます。
ちなみにサン・サーンス自身はこの組曲を高く評価しておらず(彼にとっては遊び感覚だったらしい)、人に褒められても不快感を露わにしたそうですが、『白鳥』だけは、彼自身も生涯、深く愛してやまなかったそうです。

CDを買うなら、フランスの現代的解釈ならお手の物、シャルル・デュトワ指揮、モントリオール交響楽団の演奏が馴染みやすいでしょう。
こちらのCDは、メインが「交響曲第3番」、他に「動物の謝肉祭」「死の舞踏」が収録され、とってもおすすめです。
響きが非常に美しいですよ。

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バレエの入門編として、 あるいは優雅なBGMとして、たっぷり楽しめます。

2枚組の手頃なタイプです。

初稿:1999年秋

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