映画

石岡瑛子さん追悼 フランシス・コッポラの映画『ドラキュラ』~不滅の愛を描く~

2012年1月29日

石岡瑛子さんと言えば、真っ先に思い浮かぶのが、フランシス・コッポラの映画『ドラキュラ』の衣装。

上品で優雅なラインの中にもゴシック・ホラーにふさわしい妖艶さと陰影があり、わけてもヒロイン、ミナの親友で、ドラキュラの餌食にされたルーシーの「死の花嫁衣装」が抜群に素晴らしかった。

まるでスペインの王女を思わせるような大輪のカラーとレース作りのヴェールが無造作に歪み、唇の端から紅い血がひとしずく。古びた地下墓地の階段に白いドレスが波打つように広がり、その中を吸血鬼となったルーシーが幽霊のような足取りで降りてくる……。

映画のコマーシャルでも繰り返し流された場面だけに、『ドラキュラ』といえば、この場面を思い浮かべる人も多いのではないだろうか。


ルーシーの衣装だけでも、石岡さんがこの作品でアカデミー賞を受賞されたのは当然に感じるし、同じ日本人として誇らしかった。

そんな石岡さんの訃報に悲しみを感じたのは、コッポラの『ドラキュラ』に魅了されたすべての人に共通の思いではないだろうか。

*

従来のドラキュラ像に独特の解釈を加え、不気味ながらも美しいラブストーリーに仕上げたこの作品は、数あるゴシックホラーの中でも一等お気に入りの作品だ。

まず作品のプロローグ。

ここではドラキュラは祖国の英雄であり、妻をひたむきに愛する信心深い戦士として描かれている。

だが、敵の策略により妻を失ったドラキュラは「神のために戦った私に対する、これが神の報いか!」と怒り狂い、十字架に剣を突き立てる。
神に対して、最愛の妻への復讐を誓った瞬間から、ドラキュラは生き血を吸って永遠に生き長らえる怪物となり、同時に、終わることのない魂の饑餓に苦しむことになる。


そんなドラキュラ伯爵の住む城に出入りすることになった弁理士のジョナサン・ハーカーは、ロンドンに土地を購入したいという伯爵と大きな契約をまとめるが、肌身離さず持っていた婚約者ミナの写真を見られたことがきっかけで、城に閉じ込められてしまう。

婚約者ミナは、伯爵の死んだ妻にうりふたつだったのだ。

「私だって、もう一度、人を愛してみせる」と、伯爵は美しい貴公子に姿を変え、ミナの前に現れる。

行方不明となったハーカーを案じながらも、伯爵の不思議な魅力にとらえられるミナ。

やがてハーカーは命からがら城を抜け出し、ミナと結婚式を挙げるが、怒りに燃える伯爵はミナの親友ルーシーの血を吸い、吸血鬼にしてしまう。

ミナの危険を察したハーカーと仲間たちは高名なヘルシング博士に助けを求め、吸血鬼退治に乗り出すが、すでに二人の魂は分かちがたいほどに深く結ばれ、ミナは自らドラキュラ伯爵の血をすすり、自らも血を捧げ、永遠に一体になることを誓っていたのだった・・。

ここでは「人間でない」ドラキュラ伯爵の正体が影によって描かれる。本来、「生きた屍」であるドラキュラは鏡にも映らないし、影もない。ゆえに、影は、お伴のようにドラキュラ伯爵の後に付き、その心を映し出すのである。


この映画の最大の見所は悪と恐怖の象徴であるドラキュラ伯爵の造形だ。

コッポラは、ドラキュラを単なる「血を吸うモンスター」には描いていない。

神に仕えながら、神に裏切られ、永遠に満たされることのない愛の渇きに彷徨する誇り高い英雄に作り上げている。

ここに描かれる「血」とは、生命の源である「愛」であり、求めても、求めても、永遠に満たされることのない魂の渇きを癒すためにドラキュラは血を欲する。
悪魔の花嫁となったルーシーに最後の止めを差す時、ドラキュラが口にする「お前も永遠の渇きに苦しむがいい」という言葉が非常に印象的だ。

もしかしたら、現代人も愛に飢えたドラキュラみたいなものかもしれない。何を得ても満たされず、永遠に癒されることのない愛の渇きに苦しんでいる。

この底知れない飢餓感。

己を満たすためなら、誰の首筋にでも噛みつき、生き血をすする。

一つのシンボリックな魂の病として、このドラキュラ伯爵を描いているような気もする。

*

一方、ドラキュラに身も心も捧げるミナは、聖なる女性かといえば決してそうではない。

ミナは、戦火の中で身を投げて死んだドラキュラの妻エリザベータ妃の生まれ変わりであり、その胸の底には「キリスト教で言うところの」救われない魂が宿っている。ミナもまた神の楽園に入れず、何度も生まれ変わっては愛を探し求めてきた女である。

そして、その体内には、自身でさえ気付かぬ熱い情熱が渦巻いている。ルーシーが差し出す春画に眉をひそめながらも、めくるめく性愛の悦びに感応せずにいない。性にも淡泊で、「弁理士のつつましい妻」像を求める婚約者のハーカーはどこか物足りずにいる。

それだけに、官能的な魅力をもつ伯爵との出会いは、秘められた情熱と欲望を呼び覚ますものだった。

ハーカーの願いで急いで結婚式を挙げ、夫婦として身も心も結ばれた後、ミナが「『女』になった今、なぜ私があの人に惹かれたのか分かる」と独白するように、全身全霊で求めているのは伯爵であり、愛の一体感なのだ。

だが理性と良心から貞淑な妻であろうとするミナは、夫に対する裏切り、神の教えに対する裏切り、そして呪われた怪物を愛することへの畏れから、自分自身を解き放つことができない。

ミナもまた、天国の安らぎに背を向け、愛に飢える一人の女なのである。

そんなミナの褥に緑の霧となって現れ、恐ろしい吸血鬼である正体を明かした伯爵に、ミナは泣きながら告白する。

「あなたがルーシーを殺したのね……なんてひどいことを……ああ、それでも、あなたが好き。神様、お許しください!!」

そして永遠に結ばれたいと願うミナに対し、伯爵は、「私と生きたいのなら、私の世界の人間に生まれ変わらなければならない」と、自ら肌を切り裂き、胸からほとばしる呪われた血をミナに飲ませようとする。

ミナは夢中でそれを飲み干そうとするが、一瞬、伯爵は我に返り、「いけない、愛するあなたをこんな苦しみの世界に引き込むことはできない」と、ミナを突き放す。

だがミナは、真実の思いから、「私をあなたの世界に生まれ変わらせて」と、伯爵の呪われた血を分かち合うのである。

この場面は、従来のドラキュラ像を根底から覆すものであり、呪われの身となろうとも、あらゆる隔たりを超えて一体になろうとする究極の愛を描いた見事な演出だ。


物語は、「真実の愛による魂の救済」という、非常にオーソドックスなテーマを踏襲して幕を閉じる。ドラキュラという、数百年に渡るゴシック・ホラーにふさわしい味付けだ。

その中で、石岡さんのデザインした衣装は、古き佳きイングランドの美徳を体現したようなミナの緑色のドレス、呪われた中にも貴族らしいノーブルな面影を残すドラキュラ伯爵の正装、古代オリエントの高級娼婦のようなドラキュラの花嫁たち、悪魔の悦びに身をまかすルーシーの淫らな赤いネグリジェ、等々、伝統的なゴシックのキャラクターに新しい息吹を吹き込み、洗練された造形を作り上げている。

これはコッポラの映画ではあるけれど、石岡さんの際立つセンスが凝縮されたファッション・カタログでもあり、石岡さん亡き後も、この映画を目にした人は、その華麗な衣装に魅了されるのではないだろうか。

本当に残念。そして、ありがとう。

今でも大好きな作品(衣装)の一つです。

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400年の時を彷徨い、永遠の愛を求め続ける哀しき男。最愛の女性を失い、神への復讐を誓ったドラキュラ伯爵と、自殺した伯爵夫人と生き写しのミナとの出会い。そして、ドラキュラ・ハンター、ヘルシング教授の登場! 婚約者ジョナサンがいるにもかかわらず、愛し合ってしまったミナと伯爵の愛の行方は…?

ジャケット写真がバカ過ぎ!! ドラキュラのパッケージといえば、これでしょうに
映画 ドラキュラ フランシス・コッポラ

「マトリックス」で大ブレイクする以前のキアヌ・リーブスが恋人を寝取られる(?)ジョナサン・ハーカー役で登場。もみあげが、ちょっとお間抜けさん。ネオのファンとしては、これはかなり苦笑するしかない。

しかも「羊たちの沈黙」でにわかに注目を集めたアンソニー・ホプキンスがヘルシング教授を担当。これはホプキンスでなくてもいいのに、レクター博士の人気にのっかったか??

おまけに「アナザー・カントリー」でゲイのガイ・ベネットに魅入られる美少年ハーコート君を演じたケアリー・エルヴィスがルーシーの婚約者アーサー・ホームウッド卿として登場。鼻の下のヒゲがなんだかヘン。この後、ぶっ飛びホラー・シリーズ「ソウ」にも出るんだから、人間の運命ってわからん・・。

考えると、このキャスティングそのものが「ホラー」って感じ、つくづく異質な存在だわ。。

レビューも、いいのか、悪いのか、なんかわからん感じで、興味ない人は全然興味ないみたいだけど、私はこの映画のテーマに引かれたし、うちの友達は3回も劇場に見に行ったと言っていた。

少女漫画っぽいのが好きな人にはおすすめ。男性は見てもあまり萌えないと思う。セクシーな場面が多いけどもね。

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