恋と女性の生き方

『だから結婚できない自分』大切なのは「人を好きになること」

2011年11月2日

私はいわゆる面食いで、アラフォーです。
小町を見ていても、妥協しないから結婚できない、努力足りないと言うのを目にしますが、確かにその通りです。
結婚相手を探してる男性は、ほとんどの方が若い女性のほうがいいに決まっていて、アラフォーの自分がイケメンと付き合うなんて高望みで無理だと考えます。イイ男は結婚してますし。
ですが、妥協して、自分のタイプでは無い男性(性格が良くても、気があっても)と結婚した想像をしてみると、なんだか意欲がわかないのです。貧乏で寂しい独身オバサンでも、気が楽かなと思ってしまいます。
こんな考えは人間が出来ていないんでしょうか。最初から相手に情熱も無いのに結婚しても楽しくないし、何しろ相手に失礼と思ってしまうのです。妥協できない私はやはり人間として未熟なんでしょうか?

発言小町という大手掲示板に掲載されていた悩みです。

「結婚」というと「妥協しなきゃ」という話になりがちですが、もしあなたが誰かをとても好きになったら「妥協」という言葉は出てこないんじゃないでしょうか。

普通、「○○クンのこと、妥協して好きになったんだよねー」とは言わないでしょう? 「なんであんなカボチャみたいなの、好きになったんだろ」と思うんじゃないですか。

結婚相手について、あるいは結婚できない自分について、あれこれリクツで考えている時、たいてい場合、「恋愛」を美しく考えすぎてるものです。

町中を歩いている夫婦を見ても、「なんであんなブサイクな女が結婚できて、私のようにお洒落上手な女が売れ残ってるんだろう」「よくあんな顔のデカイ男と結婚するよなー。きっと焦って、妥協したんだよね」とか思うのは、『人が人に惹きつけられる妙』が分かってない、また信じられないから、だと思います。
言い換えれば、「本気で誰かを好きになった経験がない」この一言に尽きるんじゃないでしょうか。

この悩みには、次のような回答がありました。

>ビジュアルがすごくタイプな人と生活を共にしていたら、愛が継続しそうな気がするのです。

「気がするのです」って、それは経験で言っているわけじゃなく、想像で言っているんですよね?
これって、生身の男性とお付き合いした経験が少ないと公言しているみたいですよ。

人間って、稼ぎの少ない男でも、顔のデッサンが微妙にズレてる男でも、やたら細かいタイプでも、好きになる時は好きになるし、それこそ女遊びの派手な、だらしないDV系の男でも、惚れて、「一緒に居られるだけでイイ」なんて思ってる女性は少なくない。

このブログでも何度も繰り返し書いてるけども、「好き」という気持ちは、本当に不可思議なもの。

顔がいいから、性格がいいから、稼ぎがいいから、そういう誰もが認める「良い部分」だけに惹かれて好きになることはあり得ない。ダメな部分、弱い部分も総合して、「どこか惹かれる、理解できる」から好きになるものです。

だから、「こんな人がいいかも」と頭でいろいろ考えてるうちは、何も分かってないし、それにふさわしい心の準備も出来てない。

どんな高精度の条件マッチングが可能でも、やはり「人とのお付き合い」というのは「心」から始まるのです。

そしてまた、「結婚に至る出会い」というのは、映画みたいにロマンティックに出会って、潮が満ちるようにプロポーズされて、なんて、恋愛物語の延長とは全然違う。

始まりは「トキメキ」かもしれないけれど、大げさな言い方をすれば、「神に結ばれた出会い」、「この相手と添い遂げるのが定め」みたいな、強烈な縁の部分によってくっつけられるんですね。ある意味、本人の「好き」とか何とかいう気持ちより、「定め」方が強いかもしれません。

よく、結婚相手に出会った時、「あ、この人と結婚するかも」という予感があった……、という体験談を聞くでしょう?

それは何故かというと、相手を間違わないように「本当の結婚相手」にはちゃんと目印が付いてるからなんです。

『だから結婚できない自分』──それはまだ相手に巡り会ってないだけかもしれないし、それにふさわしい機運が高まってないからかもしれない。

いろいろ考えてしまうなら、一度、頭の中をカラッポにしてみてください。

先入観を捨てて、今まで「ダメ」と決めつけてきたものに「いいとこ」を探してみましょう。

日々、是、心の訓練です。

そうするうちに、きっと結婚の機運も高まってくると思います。

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