育児と家庭

子供の癇癪、心配するな / 『ダダこね育ちのすすめ』 阿部秀雄

2010年5月5日

写真はダブル癇癪の時代。部屋も毎日荒れ放題。育児が一番つらかった頃の我が家。

追記:2010/01/08

この記事、非常にたくさんの方に閲覧して頂いています。ありがとうございます。

書いた本人が申すのもなんですが。

正直、『子供の癇癪をたちまち直してしまう魔法の方法』などというものは存在しないと私は思います(ガッカリさせて申し訳ありませんが)

そういうタイトルの本はごまんとありますが、実際には、同じ言葉、同じシチューエーションを、

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

繰り返して、

やっと落ち着きのある子に育って行くものだと思います。

いわば、これは持久戦であり、親としての忍耐力が問われる最初の関門なのです。

時には、「たかがキャンディ1個で、なぜここまで苦しまなければならないのか」、と思うことでしょう。

しかしね、よそのママみたいに「あ、お腹空いたの、じゃ、これ食べなよ」って、夕食前でもスナック菓子の袋をバリバリ開けて食べさせる、それが出来れば誰も苦労しないし、心を痛めたりせんのですよ。

こんな簡単な育児はございません。

いわば、「子供の癇癪」というのは、「キャンディ1個に、どこまでこだわれるか」という、自分の信念との闘いでもあるわけです。

そんな大げさな! と思われるかもしれませんが、そのキャンディ1個の「甘さ」がいつか大きなツケになって返ってくることもあります。
その時になって、もう一度、育て直そうとしても、一度「甘さ」を覚えた子供は、そんな簡単に厳しく躾けられないのです。

かといって、子供の人生から「甘さ」を完全に取り上げたら、それもまた心を病んでしまう。

まさに「さじ加減」の世界です。

そこで、私が一番言いたいのは、一度や二度の「さじ加減」のミスにくよくよするな、「砂糖は大さじ3杯」というレシピに頑なに執着するな、ということ。

くっついたり、離れたり、その上手く行かないゴタゴタにこそ、心を磨く「ヤスリ」がある、ということです。

いわば、摩擦することのない関係に愛は育たない、まして心が高まることもない、という話。

子供の癇癪との闘いは、自らを高め、本当の愛を育むための「ヤスリ」である──ぐらいに思った方が、「ちゃんと育てよう」「いいママになろう」と気張るより、より多くのことを気付かせてくれるのではないか、ということです。

現代人は人との衝突を恐れ、常にいい人であろうと神経を削りがちです。

それは親子間でもそう。

癇癪を起こす子供と衝突してはカッカしている私はダメな母親──。

果たしてそうでしょうか。

それは人間として「関わっている」という証ではないでしょうか。

私の知り合いの産科医は、「摩擦が多いのは、関係の深い証拠」と言っています。

何の問題もないことが愛の証だと思うのは大きな間違いで、『関わり』こそが『愛』なのです。

ゆえに、あなたが「キャンディ1個」で悩む時。

それが愛の瞬間です。

いつもいつも子供の機嫌を取って、「仲良し親子ね」と言われることが愛の証ではないのです。

キャンディがもらえないとダダをこねている子供の癇癪は、まさに、あなたの愛と信念を磨く「ヤスリ」です。

同じ言葉、同じシチューエーションを、

何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も

繰り返して、ようやく子供に一つのことを学ばせた時(言うことを聞かせる、ではないですよ)、

親としてのあなたも、一回りも二回りも大きくなっていると思います。

これから1歳児2歳児3歳児を乗り越えようという方。

毎日、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱、辛抱かもしれませんが、いつか皆さんの頑張りが報われる日が来ることを願っています。

はじめに

よその赤ちゃんの癇癪がどんなものか、見てみたければ、「Temper Tantrums」で検索してみて下さい。今では山のように動画が出てきます。


上記は別の方の動画ですが、うちも、1歳半の時、毎日、こんな感じでした。
床ローリング、頭ゴンゴン、20~30分ぐらい、こういう状態が続きました。
でも、3ヶ月ぐらいで自然に収まりました。

欲しいものを指差したり、片言が出るようになったのを境に、こういう型の癇癪はすっかり無くなったのです。

でも、2歳になると新手の癇癪が始まりました。

3歳、4歳になっても、形を変えて、それは繰り返されます。

こう言ってしまうとガッカリされるかもしれませんが、幼児期は癇癪と共にある……といっても過言ではないと思います。

だからといって、癇癪持ちの子供が悪いわけではないし、また、永久に終わりがないわけでもありません。

それは形を変え、プロセスを変えながら、『セルフコントロール』という高みにだんだん近づいていくものです。

ある日、子供が、

「飴ちゃんは、ご飯を食べてからだよね」

と言った時。

プラモデルに八つ当たりしながらも、ついには一人で完成させた時。

友達にオモチャを取り上げられても、ぐっと我慢して、貸してあげた時。

一人で上手に服が着られない妹をそっと手伝った時。

癇癪っ子のお母さんはきっと気がつくと思います。

泣きわめき、ぶつかりながらも、子供はちゃんと成長してたということに。

だから、心配しないで。

でも、ツボは心がけて。

この記事は、そうした主旨のもとに適宜、編集しています。

§ 癇癪は、感謝クン

癇癪は、感謝クン。

親として、考えるキッカケを与えてくれるから。

子供がいなかったら、親として悩むこともない。

しんと静まりかえった部屋で、自分の好きなことだけして……それで本当に幸せ?

癇癪は、感謝クン。

子供が、元気に育っている証だから。

子供が病気だったら、泣いて叫ぶ力もない。

小児病棟に付き添っている親御さんは、うちの子にも泣いて転げ回るほどの元気があれば……と羨ましがってるよ。



癇癪は、感謝クン。

子供が、あなたを信頼している証だから。

子供があなたを恐れていたら、あなたを困らせることは一切しない。

あなたに捨てられるのが分かってるから……それでも、癇癪は悪いことだと思う?

子供はあなたを苦しめたいから、癇癪を起こすんじゃない。

心にいっぱい溜まった「あんな気持ち」「こんな気持ち」を上手く伝えられないから、泣き叫んで、床を転げ回るんだヨ。

「疲れたよ」「お腹が空いたよ」「淋しいよ」「ガマンできないよ」……etc

子供は疲れても、「疲れた」という言葉すら知らないから。

それを表現しようと思ったら、泣き叫ぶのが一番カンタンなんだ。

癇癪は、「直す」ものでも「直る」ものでもない。

ただひたすら「受け止め方」があるだけ。

「癇癪もち」でいいじゃないか。

それも、うちの子。私のお腹から産まれた子。

あなたのお腹から産まれた子供に、悪い子なんていないよ。

癇癪は、感謝クン。

いつかそう思える日がきっと来る。

その時、あなたは気付くだろう。

「ちゃんと育ってたんだ」って。

子供の癇癪、心配するな。

きっと、いい子に育つよ。

§ 子供の癇癪、心配するな / 『ダダこね育ちのすすめ』

初稿:2007年

子供の癇癪について、心配することはない
それが一番ひどい時期を乗り越えた私の実感です。

とはいえ、ニコニコとお人形みたいに可愛かった我が子が、ある日、突然、ギャアーっと叫びながら床を転げ回り、壁に頭を打ち付け、狂ったように泣き叫ぶ様を見れば、誰だって気が動転して、「うちの子、壊れたんやろか」「私の育て方が悪かったの」と思いますよね。

まして初めての子育てで、似たような事例を見る機会が無ければ、余計でショックだと思います。
たとえば、自分の姉の子が、同じように癇癪持ちで、床に頭を打ち付けるぐらい凄まじくて、それが時間とともに良くなる様を間近に見ていたら、「ああ、うちの子も始まったな」ぐらいにしか思わないでしょう。
でも、そんな事例を間近に見ることなく、我が子を通じて初めて遭遇するから、親は焦り、動揺し、哀しみを感じるのだと思います。

うちもそうでした。
それは突然、始まりました。
二人目の妊娠をきっかけに、保育園に通い始めた一歳半頃から、手の付けられないような暴れ馬になり、そのあまりの凄まじさに、心身ともに打ちのめされたものでした。
(その頃の気持ちを楽天ブログに綴っていたのが、カテゴリー『育児』→『一歳半記』です。)

知り合いのお母さんに相談しても、「ああ、子供なんてそんなものよ」とカラカラ笑われるだけで、ちっとも分かってもらえない。
私はこんなに深刻に悩んでるのに――と思ったこともありました。

でも、今、思えば、まさにその通りだったのです。
1歳から2歳ぐらいの子供なんて、泣いて暴れるぐらいしか表現方法がなくて、そして、それが当たり前なのです。
妙に聞き分けがいい(よく見える)方が、危ないんですよ。
でも、間近に似たような事例を見たことがない新米ママは、『人生の一大事』みたいに思い込んでしまうんですね。
言い換えれば、それだけ我が子の身を案じ、幸せを願っている証なのです。

ところで、なぜ子供の癇癪は、かくも親を悩ませるのか、その理由について考えたことがあるでしょうか。
私は、子供の癇癪に動揺する親の心理には、次の三つがあると思います。
一つは、「我が子が壊れてしまったのではないか」「自分の育て方が悪かったのか」という親としての不安や罪悪感。
一つは、日々の育児や家事にあまりにも疲れきって、これ以上、気力も包容力も湧いてこない断崖絶壁の状態。
そして、もう一つは、「周りの人に育て方が下手だと思われたくない」という対外的なプライドです。

上記の二つはともかく、三番目の理由が噛んでいる人も少なくないのではないかと思います。

たとえば、よその子がお菓子売り場でギャーッと癇癪を起こしている。
その様を見て、「うちの子は、絶対にあんな風にしない。あの人は育て方が下手だ」と見下したりしていると、いざ、我が子が似たような状態に陥った時、自分の体面を守るために、何が何でも絶対に止めさせようとして、余計、苦しくなってしまうようなケースです。
そうなると、癇癪を起こす我が子に対して、憎しみを感じることすらあるのではないでしょうか。

子供が癇癪を起こして、「なんとか止めさせたい」と悩んでいる時、ちょっと立ち止まって考えてみてはいかがでしょう。
自分はいったい、誰のために子育てしているのか』――という事です。

子供に、ママ、ママと慕い寄って欲しいから?
自分はいい母親だということを周囲に誇示したいから?

子育てするのは、『子供を幸せにするため』であって、自分自身の為ではないはずです。

そう考えれば、子供の癇癪も、タッチを始めたり、マーマーと言葉を話し始めたりするのと同じ、成長の過程として大らかに受けとめられるのではないでしょうか。

近所の人に軽蔑されているような気がするから「早く癇癪を止めさせよう」とか、自分で自分のことを駄目な母親と思いたくないから「癇癪はいけない」とか、そういう気持ちがチラとでもある限り、子供の癇癪に余裕をもって向き合うことは難しいでしょう。
タッチを始めたり、言葉を話したりする、ポジティブな進歩は受け入れられるけど、癇癪というネガティブな進歩は受け入れられないとしたら、それは愛情ではなく、自分に都合のよい子供を欲しがってるだけの話なんですよ。

そういう妙なプライドとは別に、親としての不安から子供の身を案じている場合は「心配ご無用」、この一言に尽きます。
道路に寝っ転がってバタバタ暴れようが、床に頭を打ち付けて激しくローリングしようが、それはその子の表現方法の一つであって、人間が壊れたわけではありませんから、焦らないで下さい。

うちの子の癇癪は、1歳半から2歳ぐらいまでがピークだったのですが、今から考えれば、それしか表現方法がないからそうしてたんだな――と、つくづく思います。

たとえば、自分が身寝たきりの患者で、口には人工呼吸器が付いていて、話すことも、文字を書いて人に伝えることも出来ない時、医者は横暴、看護婦は不親切、家族は薄情で、不安と不満ばかりがつのれば、やはりストレスで暴れ出すんじゃないでしょうか。

論理立てて物も言えない、まして自分の置かれた状況も分からない子供が、自分の内なるものを発散する為に、ギャーっと泣き叫んだり、床を転げ回ったりしたとしても、それがその子にとって一番手っ取り早い方法なだけであって、我が侭や短気とはまた別の種類のものだと私は思います。

悩める母は、「我が子の気が狂った」とか、「愛情に飢えてる」とか、悪い方に悪い方に考えがちですけど、もし本当にそうなら、癇癪など起こさず、無表情な子になるか、やたら猜疑心が強くて、小さいうちから取り繕うような子供になると思いませんか。
なぜなら、気持ちを訴えてもどうにもならないと、最初から諦めているからです。

子供がその時々の衝動や感情をストレートに吐き出して、わめき、床を転げ回り、壁に頭を打ち付けるのは、「自分の母親は自分の事を見放したりしない」という安心感があるからです。
「釈迦の手の平、孫悟空」――とでも言うのでしょうか。
子供という無知な孫悟空は、その手の平が大きくて温かいのを知っているから、思い存分に暴れ回れるのです。

確かに、ギャーッと泣きわめくことで、お菓子が好きなだけもらえたり、欲しいオモチャが買ってもらえる――ということを学習してしまえば、それを手段にする子供もあるかもしれません。
それを習慣づけてしまえば、親のミステイクとも言えるでしょう。

でも、基本的に、それしか表現方法しか無くて癇癪を起こす子は、癇癪を起こすことで心のバランスを取っているのではないか――と、私は思います。
元気で、エネルギーの有り余っている子ほど、どこかで発散しないとやりきれないのです。

歩き始めた1歳児でも、イヤなこと、不安なこと、いっぱいあるでしょう。
でも、言葉もろくに話せない1歳や2歳の子が、どうやってそれを表現するのですか。
大人みたいに、「これが、こうだから、こうして欲しい」と、論理だてて説明するのでしょうか。

言葉のない子供には、泣いて暴れるのが一番分かりやすい表現方法です。
だから、そうするのです。
「性格が悪いから」「シツケがなってないから」、床を転げ回り、頭を打ち付けるのではないです。
今はそうしたい気分だから、そうするんです。

それを「悪」だと決めつけるのは大人の価値観であって、子供の価値観ではありません。
良いか悪いかも分からずにやっていることを躍起になって矯正しようとしても、お互いに疲れるだけで、何の問題解決にもならないでしょう。
ムダなことにエネルギーをすり減らすヒマがあったら、子供を外に連れだして、散歩の一つも楽しんだ方がよっぽどラクだと思いませんか。

確かに、毎日毎日これをやられる母親はたまったものじゃないです。
私も、子供の悲鳴を聞くだけで、気が狂いそうになることもありました。

でも、お子さんをよくご覧になって下さい。
一日中、癇癪を起こして、ニコリともしないわけじゃないでしょう。
楽しい時は別人みたいに元気に遊んで、機嫌よくしてるんじゃないですか。

そんな楽しく、幸せな一時がある限り、癇癪が子供の人格をスポイルして、人生丸ごと破壊するようなことは絶対にありません。
親がそれに振り回されて、「ギャーと泣きさえすれば欲しい物が手に入る」という誤った学びをさせない限り、時期が来れば自然に抜けていくものだと私は思います。

1歳=猿人、2歳=原人、5歳過ぎれば、ただの人ですよ。

ですから、「癇癪は悪いことだから、早く止めさせよう」とか、「こんな事ばかり続くのは格好が悪い、何とかしたい」とかいう頑な思い込みに囚われないで下さい。

自分の理想論から一歩離れて、「今はこういう時期なのだ。この子にとっては、これが一つの表現方法なのだ」と、大らかに構えて下さい。

癇癪は、時期や程度の如何にかかわらず、あれこれ悩んでいる間に必ず収まります。
暴れる以外の表現方法(言葉や指さし)を学び、子供が自分自身のことを理解できるようになるにつれ、「すぐに」ではなく、「徐々に」無くなってきます。
付き合う方は大変ですけど、癇癪の時期を抜けたら流暢なお喋りが始まり、接するのが楽しくなりますから。
その時を楽しみに、頑張って頂きたいなあと思います。

さてさて、癇癪に悩めるお母さん方に強くお薦めしたいのが、他の記事でもご紹介している阿部秀雄さんの『ダダこね育ちのすすめ』です。
私もいろんな育児書を読みましたけど、育児書はこれ一冊読めば十分じゃないかと思えるぐらい、優しくて、励まされる本です。

この本は、癇癪という、一見ネガティブに思えることを、健全な成長過程として肯定し、親の接し方や捉え方について分かりやすくアドバイスしています。

「うちの子はまるで聞き分けがない」
「人前だけで大騒ぎする」
「泣けば済むと思っている」
「お利口すぎて逆に心配」
「泣き声を聞いていると 私まで苦しくなってくる」

こういう気持ちに覚えがありませんか?
これは本書の帯文に書かれているのですが、こうした親の気持ちを汲んだ上で、適切な対処の仕方を説いています。

ダダこねをたっぷり堪能し、おとながそれを正しく導いてやると、三歳を過ぎるころには、親がよほど無茶な要求を押しつけるのでないかぎりは、むしろ聞き分けのよい子供に育ちます。

逆に、ダダこねの時期をうまく経過しないと、四歳を過ぎてもダダこねがしつこく続きます。

その場合のダダこねは、あまりさわやかなものではなく、おやこともども苦しい思いをしなくてはならないものになりがちです。

子供によってはダダをこねることをあきらめて、自己主張したい気持ちを内に秘めたまま思春期になるまで持ち越したり、大人になってもなお未解決のまま引きずってしまっていることもあります。

癇癪を引き起こした原因や背景が何であれ、「電信柱が高いのも、郵便ポストが赤いのも、すべてお母さんが悪い」といわんばかりに、お母さんに怒りをぶつけますが、それはけっしてお母さんを責めているのではありません。お母さんを頼りにして、助けを求めているだけのことです。

癇癪を起こしているとき、子供はとても心細い思いをしているのです。まだ未熟な自我はすでにお手上げ状態になっており、自分で自分がどうにもならなくなっています。そんなときこそ、お母さんが子供の発展途上の自我を支える、「補助自我」の役割を果たしてあげるときです。

こうしたことを踏まえた上で、「思春期の子には助力が必要」「満たされても嬉しくない、苦しいダダこねの見分け方」「次の世代にツケを残さない(癇癪に悩む親のトラウマについて)」など、1~2歳ぐらいの小さな子供から、ダダこねを持ち越した思春期の対応、親の心に潜む幼少時の傷など、多岐にわたって、きめ細かなアドバイスがなされています。
読んでいるうちに、親の子供時代の問題まですーっと楽になるような優しい本ですから、機会があれば、ぜひお手にとってみて下さい。


ともあれ、「子供の癇癪、心配するな」。

言ってる間に落ち着きますから。

癇癪を起こされたら、心の中で、「うちの子は、いい子。とっても、いい子。だって私のお腹から出てきた子供だもの。いつか分かる、きっと分かる」と強く唱えて、お子さんのこと、もっと信頼してあげて下さいね。

§ 「空腹」という理由

これは我が家のTIPSですが――

癇癪の原因に、案外、「空腹」というのがあるんですよ。

「1~2歳にもなれば、自分のイライラの原因が空腹で、何か食べれば解消することぐらい分かっているだろう」という思い込みがありませんか。
でも、元気な割には小食の子だと、遊ぶのに夢中になって、はたと気が付けば気分が悪い、でも何が原因が分からなくて、とにかく癇癪を起こす――というようなことが案外あるそうなんです。

うちも癇癪を起こす原因の半分は、「空腹」でした。
お腹が空いているから、癇癪を起こしやすい、とでも言うのでしょうか。
でも、子供がある程度、意思表示できる年齢になっていると、「空腹ならそれと言うだろう」「食べ物を指差すぐらいの事はするだろう」といった思い込みが親の方にあって、真の理由に気が付かないんですね。

でも、子供自身もそれが分かっていないから、「あのオモチャで遊べば楽になるだろう」「こんなに気分が悪いのはお母さんのせいだ」みたいな、まるで繋がりのない要求をして、双方ともに余計で混乱してしまうのです。

うちは、義姉さんからそれを指摘されて、最初は「そんな単純なものかなぁ」という感じだったのですが、確かにそれも大いに関係があるなあと思うようになったのは、子供が2歳になり、「お腹が空いた」がちゃんと言えるようになった頃でしょうかね。
その頃を境に、無意味な癇癪は激減しましたから。

子供も、タイプによっては、遊びに熱中するうちに低血糖を起こして、気持ちが悪くなって騒ぐ子があるんじゃないかと思います。
うちみたいに、一回一回の食事量が少量で、一日何回にも分けて食べるタイプだと、「さっき食べたとこなのに」と思っていても、突然、空腹になって、機嫌が悪くなることがありますから、癇癪の前触れを感じたら、食事に誘うのも一案ではないかと思います。(お菓子はダメですよ。余計で低血糖になりやすいから)

§ 癇癪の変遷 : 1歳半~4歳にかけて

追記:’09/01/17

1歳児に限って言えば、「疲れた」とか「お腹が空いた」とか、何かを表現したいのに、それを表す術がなくて、「お母さん、何とかして~」とのたうちまわっている、それが『癇癪』です。

でも、この手の癇癪は、自我がいよいよ発達して、欲しいものを指差したり、片言が出るようになれば、だんだん収まってきます。

床ローリングや頭ゴンゴンが出だしたら、とにかく怪我に気をつけて。

「やめなさい!」と怒鳴っても、子供には分からんです。

どうしていいか分からない時は、抱っこして、背中をさすりさすりしてあげるだけでも十分に効果があります。

子供の泣きわめく声が心にこたえる時は、子供を抱っこしてソファに座り、お笑いのTV番組や好きなビデオでも見て、気持ちをそこから引き離しましょう。
窓際に立って、遠くの景色をぼーっと眺めるのもいいです。

「今はこういう時期なんだな」と思って、あまり自分の育児を悪く考えないことです。

そして、機嫌の良い時には、楽しい時間をいっぱい持ちましょう。
「遊ばなければ」などと気負わず、ソファに座ってイチャイチャしているだけでも子供にはHappyです。

でも、この時期であっても、お菓子や新しいオモチャで子供の機嫌取りをするのは避けて。
空腹であれば、お菓子やジュースではなく、ご飯を食べさせるようにします。
でないと、察しのいい子は、「泣きわめけば、いいものにありつける」と学習しちゃいますからネ。

2歳になると、今度は別の癇癪が始まります。

恐怖の「お菓子買って」コールに代表される、「欲しい・嫌い」型癇癪です。

いよいよ自分の欲求がハッキリして、思う通りにならないと、「道路にそっくり返る」「店頭で泣き叫ぶ」「オモチャを投げつける」等々、親がやって欲しくないことを一通りやってくれるようになります。

そういう時は、公共の場所なら、まず子供を抱きかかえて、迷惑にならない場所に退避しましょう。
そして「ダメなものはダメ」と伝え、他の妥協策を提案します。(ご飯を食べた後ならいい、とか)

中には、1時間以上泣き続け、嘔吐するまで激しく泣く子もあると思います。
親が抱っこしても、ばたばたと暴れ、本当にどうしようもない状態。

そういう時は、まず癇癪のパターンを観察します。

たとえば、夕方。(保育園・幼稚園帰りが多い)
空腹と疲れが一気に襲って、子供のイライラもMAXに達しているような状態。

あるお菓子やオモチャ等に執着していて、それが目に入ると、どうにも抑えられなくなる状態。

親を試している時。
子供でも、親と他人の違いはよく理解しています。
自分の親ならこういう時、どういう反応を示すか、テストする為に泣きわめきます。

我が子の癇癪のパターンが分かったら、まずは起こさない状況を作るようにします。

夕方の、空腹・疲れに対しては、夕食の時間を早くするとか、お気に入りのオモチャをすぐ取り出せるようにするとか、案外、簡単な方策で上手く収まる時があります。
うちは、園のお迎えの時に、キャラメルを一個あげるようにしたら、ウソみたいに改善しました。
ちょっとした糖分補給が解決することもあります。

執着しているモノがある場合は、なるべく視野に入れない。ある場所に近づかない。
それしかないと思います。
数ヶ月もすれば寵愛が別のものに移ると思いますので、それまでの辛抱です。

親を試している時の泣きわめきは、目を見ればすぐに分かります。
涙を流しつつ、目が泣いてないから。
「脅し泣き」であれば、流されないことです。
自分のポリシーが正しいと信じるなら、断固とした態度を取り、子供の言いなりにならないようにします。

他にもいろんなパターンがあると思いますので、研究してみて下さい。

このパターンの癇癪も、
「泣いてわめいても、自分の思う通りにならない」
「泣いてわめくより、ちゃんとコミュニケーションを図って、妥協案を探った方が利口だ」
と覚れば、ピークは数ヶ月で過ぎ去ります。

もちろん、3~4歳ぐらいになっても、この手の癇癪はしばしば繰り返され、ウダウダ、ぐずぐずと親を手こずらせることになりますが、それもだんだんマシになっていきますので、大丈夫です。

しかし、「泣いてわめきさえすれば自分の思う通りになる」と学習してしまった場合は相当に手こずりますので注意して下さいね。

その次は、能力型の癇癪が始まります。

着替え、お絵かき、パズルなどが「自分の思うように出来ない」と、自分で自分に苛立ち、かーっとなって物を投げたり、親に八つ当たりしたりする癇癪です。

これはもう、ゆっくり、のんびり、お付き合いしてやるしかありません。

一つ出来れば褒め、他の事が出来たと言っては褒め、毎日がお祭りのように褒めて、おだてて、気持ちを盛り上げていくしかありません。

その為には、今日できないことを明日にはできるようにしよう、と気張らないこと。

「一年かけて出来るようになればいいや~」ぐらいの気持ちでちょうどいいと思います。

オモチャを投げたりする傾向がある場合は、「オモチャが可哀相、泣いてるよ~」とか言って、そのまま放っておきます。
無くなろうが、壊れようが、それは放ったその子の責任。
自分でしたことのツケは自分で取らせていい時期です。
悪いと思えば、自分でスゴスゴと拾いに行くし、壊れてショックを受けたら、次からは抑えるでしょう。
親がそこで手出しして、オモチャを直したり、「捨ててしまうよ」とスゴんでも、効果は薄いです。
それより、癇癪を起こしてオモチャを投げつけたらどうなるか、身をもって体験させることです。
それがどんなに愚かなことか、子供もいずれ理解するようになります。
(もちろん、他の子にぶつけたりする場合は、厳しく注意しますよ)

一口に『癇癪』といっても、そこには変化があり、克服の過程があります。

1歳の時には泣いて転げ回るだけだった我が子が、今では口達者に「もっと公園で遊ぶの! お母さんだけ帰ってよ!」などと言う。

おまえ、いつからそんなリクツが立つようになったんだい。

ずいぶん頭がよくなったねぇ。

まあ、それぐらいの気持ちで構えておれば、癇癪の中の成長が垣間見えて、親も楽しめる部分が出てくるのではないかと思います。

一般に、悪いと思われている癇癪ですが、癇癪を起こすには二つの条件があります。

一つは、自我があること。

もう一つは、相手に自己開示できること。

自分の意志も欲求も何も無い、親のいいなり坊主だったらどうでしょう。
「やめろ」と言われただけで、「やりたい」気持ちも引っ込めてしまうような子供だったら、どうなるでしょう。

そして、欲しいものややりたい事があっても、それを口に出来ない相手だったらどうでしょう。
「飴ちゃん買って」その一言が言えない親であったら──?

そう考えれば、実はものすごく健全なことだと思いませんか。

もちろん、程度の差もありますし、それに対する親の態度や考え方も千差万別です。
それに関して、是非を問われる部分はあるでしょう。

でも、子供自身に非はない──
彼らはただ、思ったままを口にし、振る舞っているに過ぎません。

それを「悪い」というなら、子供はいつ、自分の気持ちをぶちまければいいのでしょうか。

相手する方は大変ですが、それも「相手」あってのこと。

そう考えると、安心して癇癪を起こせる子は、幸せなのではないでしょうか。

§ 癇癪・対処法あれこれ(2歳以上が目安)

1.子供との取り決めは厳守する。

「お菓子はご飯を食べてから」「オモチャはパパと話し合ってから」等々。

子供と取り交わした約束があるなら、それを厳守しましょう。

「キャンディ一個ぐらい、いいか」「オモチャの一つぐらい、いいか」

そうやってズルズルと子供との取り決めを崩していくと、子供も基準となるものを失い、いつまでも無意味にダラダラわめき続けるようになります。

泣いても、わめいても、ダメなものはダメなんだ、と。

身体の芯から悟るようになった時、自分から泣きわめくのをやめて、「どうしたら上手に自分の欲求を通すことが出来るか」を考えるようになります。

「泣いて、わめきさえすれば自分の思う通りになる」ということを学習させないのがポイントです。

もちろん、親もあまりに頑なだと、子供も窮屈になってしまいます。

いつもいつも鬼のような顔をして「ダメなものはダメ」ではなく、時には「まあ、しょうがないわネ」という余裕も持ちましょう。

そういうサプライズも交えながら、子供との取り決めを貫くのが癇癪を上手に収めるコツです。



2.欲求の伝え方=コミュニケーションを教える。

幼い子供が泣きわめく理由に、「自分の欲求を上手に伝えられない」というものがあります。

そこで、「欲しいものがある時は、ちゃんと言葉で伝えてね。そしたら、お母さんも聞くよ」と教えます。

言葉を発するのが無理なら、「欲しいものを指差す」でも構いません。

親の手を引いて、バナナを指差したり、コップを指差したり出来れば、それで十分です。

そして、言葉でちゃんと伝えることは、泣きわめくよりずっと簡単で、気持ちのいい事だと教えましょう。

「そうやって言葉で言ってくれたら、お母さんもとっても分かりやすいわ」と褒めると、泣きわめくより、言葉やジェスチャーで伝える方を選ぶようになります。

そして、子供が、言葉やジェスチャーで冷静に伝えてきたことは、それがどんな欲求であっても、頭ごなしに拒否したり、突っぱねたりしないようにしましょう。(「何言ってるの、さっき食べたでしょう!」とかいうのは禁句)

子供も冷静に伝えたのですから、親も冷静に受け答えします。

そして、子供との妥協点を探します。
(「そうか、もう一つ欲しいのか。でも今、ご飯前だから。ご飯食べてから、また考えよ」とか。)

コミュニケーションを上手に図ることで、意味不明に泣きわめく回数もぐっと減ります。



3. 癇癪に振り回されない

「癇癪は悪いものだ」と思っていると、癇癪を起こす我が子のことも欠陥品のように思えて、余計でイライラするものです。

でも、癇癪は、泣いたり、怒ったり、スネたりの延長にある、一番激しい表現の形であって、悪いものではないです。

側にギャーギャー八つ当たりしてもOKな相手=母親が居るから、心おきなく癇癪を起こすことができるのです。

だから、癇癪が始まったら、「気の済むまでどうぞ」ぐらいの気持ちで、ゆったり構えていることです。

親がオロオロうろたえたり、止めさせようと必死になったり、子供の癇癪に振り回されると、子供を何を手掛かりに自分を止めればいいのか、分からなくなるからです。

どうしていいか分からなかったら、とりあえず子供を抱っこして、背中をさすりさすりしながら、ソファーにぼーっと座ってたらいいと思います。

特に、1歳代の癇癪、床を転げ回ったり、壁に頭を打ち付けるような激しい癇癪の場合は、2歳児や3歳児のように、「コレ」という欲求の対象もなく、疲れ、空腹、不安、不満といった漠然とした理由から爆発することが多いので、そういう時、解決を急いで、あれやこれやと働きかけても、あまり意味はありません。

それよりも、ゆったりした気持ちで、嵐が過ぎ去るのを待つことです。

床を転げ回る場合は、危険のない程度に、気の済むまで転がらせましょう。

頭を打ち付ける場合は、頭に手を当てて、衝撃を防ぎながら様子を見ます。

「そんなことをしてはダメ」と強く言い聞かせたり、子供を抱き上げても、多分、エビぞって、激しく泣き続けるだけだと思います。

そういう時は、「やめさせよう、どうにかしよう」と焦らずに、自然に収まるのを待ちます。

こういう転げ回るタイプの癇癪は、言葉やジェスチャーといったコミュニケーション・スキルの発達に伴って、いつの間にかなくなってしまうので、ご心配なく。(数ヶ月で終わる)

子供の癇癪に関しては、今はこういう時期なのだという「あきらめ」も肝心です。

癇癪ばかりに目を向けず、機嫌が良い時の我が子の美点を評価してあげて下さい。

親が振り回されることなく、普通に接していたら、癇癪というものはだんだん小さくなって、しまいには何も無くなってしまうものなのです。(もちろん、2~3年は様子を観る覚悟が必要です)



4.上手に無視する。(だいたい2歳半より)

爆発した感情を自分で収めるには、ある程度、「孤独」というものが必要です。

大人でも頭を冷やす時は一人になるように、子供にだって「一人の時間と空間」は必要です。

泣いてわめくのが可哀相だから、何とかしなければならないという気持ちから、なだめ、声かけ、慰め、すればするほど子供は感情が高ぶって、余計でヒステリックになることがあります。

そういう時は、上手に無視して、しばらく一人で泣かせておきましょう。

「どうするかな」ぐらいの気持ちで、遠くから見守ります。

子供も、爆発した感情を、どう収めていいのか分からないのです。

その時、横から母親が「こうかもね、ああかもね」とゴチャゴチャ口出しすると、子供は「自分で自分の心を見る」ということが出来なくなりますし、自分の欲求が通るのではないかと期待もします。
母親が自分のことを何とかしてくれるのではないかと期待すればするほど、踏ん切りがつかなくなって、いつまでもグズり続けるのです。

でも、一人で泣いていると、そのうち泣くこと自体に飽きて、疲れ、泣いているのがアホらしくなってきます。

ギャーギャー泣いてわめいたところで何がどうなる訳でもない、自分が疲れて損するだけだと分かってきたら、無意味なダラダラ泣きもなくなってきます。

それよりもっといい方法がある、それは「冷静に意思の疎通を図ることだ」と分かったら、子供もうんと利口になるものです。

もっとも、この方法は、どんな子供にも効果的……というわけではありません。

情緒が安定して、一人遊びも楽しく出来るようなタイプに向いています。

年齢的にも、2歳半ぐらいからが目安です。

§ 「癇癪」のゴール

自分で自分の感情をコントロールできるようになること。

親が子供の癇癪を上手に収拾できるようになることではありません。

だから、お母さんが、「子供の癇癪に上手に対処できない」「いつまでも泣き止まない」ことに罪悪感を感じたり、劣等感をもつことなどないのです。

なぜなら、それは、子供自身が学ぶことだからです。

お母さんは盾になり、激しい感情の波を受けとめる防波堤になってあげて下さい。

どれほど激しい癇癪も、心の健やかな成長に伴って、必ず収まってきます。

「子供自身が学ぶ」という言葉は、アメリカやポーランドの育児アドバイスにしばしば登場する言葉です。

日本では、どちらかと言えば、「お母さんが何とかするべき」という考え方が強く、癇癪に関しても、「母親の態度の問題」としてとらえられている部分がありますよね。(愛情が足りないとか、優しくないとか)

それも影響しているかもしれませんが、一方で、発達の過程において、子供自身が自分の感情や欲求をコントロールすることができず、わめきちらしている面もあると思います。(年齢が上がるにつれて、その傾向が強くなる)

それについて、いつまでも母親が、子供の感情や行動に責任をもたなければならないのだろうか。

たとえば、「お菓子が欲しいのに買ってくれなかった」、それが不満で泣きわめく子供に対しても、母親が何とか機嫌を取って、気持ちを収めなければならないのだろうか。

そうではなく、子供自身も学ばなければならない。

物事が自分の思う通りにならなかった時、どのように不満を処理し、行動すべきかということを、子供自ら体得しなければならない。

それが、「子供自身が学ぶ」という考え方なのです。

もちろん、1歳の、自我が芽生え始めた頃の癇癪と、3歳の、自分の欲求がいよいよはっきりして、親との駆け引きができるようになった頃の癇癪とでは、質も対処の仕方も異なりますし、いつまでも赤ちゃんのように「ヨシヨシ」していたら良くなる、というものでもありません。

ある程度の年齢になり、意思の疎通も図れるようになってきたら、『子供自身に学ばせる』ということも念頭に置き、時には断固とした態度を取る、ということも必要になってくると思います。

そういう意味で、癇癪持ちの本当のゴールは、「親がなだめて、何とかすること」ではなく、「子供自身が、自分の感情や欲求をコントロールできること」にあります。
(これは食事や遊びに限らず、今後の生き方や社会生活においても重要になってきます)

その為には、お母さんが絶対君主となって、禁じたり、許したり、支配したり、また召使いのように子供の機嫌とりに始終するのでもなく、「自己主張はしても構わない。でも思う通りにならないこともある。その時、泣いてわめいても、それは本当の解決にはならない。では、どうすればいいのか」を子供に考えさせるきっかけをあげて下さい。(3歳児でも、泣き続けるか、譲歩するか、という選択は出来ます)

そして、子供がどんなに「好ましくない態度」を取ったとしても、子供の人格を否定せず、大きな気持ちで受けとめてあげて下さい。

──と、欧米のスーパーナニーたちは申しております。

興味があれば「Super Nanny」で検索してみて下さい。実際に放映された動画がたくさんUPされています。言葉は分からなくても、壮絶な他家の状況が分かると思います。

§ イヤイヤ期に役立つ書籍

私なんかの記事を読むより、やはり専門家がお書きになった書籍を読む方が役に立つと思いますので、良さそうなものをいくつかピックアップしておきますね。

ちょっと気になる子の育て方―「困った子」がみるみる「いい子」になる方法!
「ぴっかりさん」でお馴染みの萩原光さんの著書。
かんしゃく、気むずかしい、言葉が遅い、落ち着かない…難しいと感じる子供への対応を分かりやすくアドバイス。

今日から怒らないママになれる本!―子育てがハッピーになる魔法のコーチング
ダダっ子、わがまま、やる気のなさなど、子どもの「困った!」をすっきり解決。
怒りっぽいママだったからこそ分かる、心強いアドバイス集です。

あたし天使あなた悪魔(笑っても怒っても子どもは育つ編)笑っても怒っても子どもは育つ編
疲れた時には笑いが一番。息子・俊介の癇癪にみるくさんも爆発。
どこにでもある親子のやり取りにきっと心が軽くなるはず。
特集記事は「田島みるくの『あたし天使 あなた悪魔』 育児ストレスには笑いが一番

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