Notes of Life

人生はまだ開かぬ薔薇のつぼみ

1999年1月27日

うちには六つの植木鉢と二つの花瓶、そして大小四つのヒマワリの造花がある。

Dr.コパの風水じゃないけれど、東向のリビングの花瓶にはいつも赤系の花とカスミ草を飾り、西日の当たる寝室には、ヒマワリの造花を籐の籠に入れて置いている。

よく「東に赤、西に黄色」というけれど、あれは確かに一理ある。
朝日には赤色の花が素晴らしく映えるし、西日にはヒマワリの黄色がよく似合うからだ。

風水の本には、運気をアップさせるアイテムだのラッキーカラーだの、いろいろ書いてあるけれど、それそのものが意味を持つわけではないと思う。

「心地よく暮らせる住まい」がその人自身の気持ちを高め、仕事や人間関係に好影響を与えるようになる――それだけの事ではないだろうか。

たとえばリビングに飾った一輪の花が、住む人の心を慰めるなら、それはそれで立派なラッキーグッズだと思うのだ。

ところで、うちで一番位の高い花は何かというと、この12月に買ったミニバラなんだよね。

このバラは、リボンのついた籐の手篭に収められ、うちで一番見栄えが良く、一番エアコンの恩恵を受けられる、リビングのTVの上に置かれている。

バラというのは夏の花で、とにかく寒いのが苦手。買った時にはいくつもあった蕾も、新年を待たずして、開花せぬまま全滅してしまった。

“これではいかん”と思い、土を替え、室温を上げ、明け方にはカーテンを開けて陽に当てるようにしたら、ぐんぐん成長し始め、やっと新しい蕾が三つもついた。

ところが花というのは蕾がつくまでは割と順調にいくけれど、開花させるのが実に難しい。
蕾がほころんで、(もう咲くかな)と思った頃に力尽き、あっけなく枯れてしまったりするからだ。

花が蕾を開かせるのに必要なパワーは計り知れない。

それは新芽が種子の殻を破って出てくるよりも、もっとたくさんのエネルギーを必要とする。

毎日見ていると、根や葉っぱから得たエネルギーを必死に蕾に送り込んでいる様がよく分かる。

それでも、それでも、簡単には花開かない。

何日も、時には何週間も踏ん張って、やっと花弁の色が見えてくる程度である。

そういう時には、こっちも必死に話しかけてやる。

――花というのは、本当に人の心が分かるんだよ。
愛情を注いで育てた花は綺麗に咲くし、心の何処かで見捨てた花は惨めにしおれていく――

昨日よりも膨らんだら褒めてやるし、いよいよとなったら心から励ましてやる。

そして、めでたく花開いた時には、最大の賛辞と感謝を贈ってやるのだ。

花も一生懸命、努力したのだから。

「星の王子さま」じゃないけど、うちのバラも気位が高い。気まぐれで、我が侭で、そのくせ人一倍繊細とくる。扱うのもひと苦労だ。ちょっとでも気に入らない事があると、すぐ葉を枯らすし、花もそっぽを向いてしまう。

ほころびかけた三つの蕾も、必死に頑張ってはいるけれど、こっちの出方を伺っているようなところがあって、なかなかストレートに花開いてくれない。こっちは今か、今かと心待ちにしているのにね。

だけど私はこのバラが大好きだ。

ただそこに居るだけで部屋を鮮やかにしてくれるし、心を慰め、元気づけてくれる。

花に命があることや、花を慈しむ気持ちを改めて教えてくれたのも、このバラだからだ。

三つの蕾が花開いたら、どんなに輝かしいだろう。冬の寒さから一気に抜け出して、そこだけでも春の日差しでいっぱいになりそうな気がする。

そして自分自身も誇らしい。――真冬にバラを咲かせたとなれば。

イギリスの古い諺にこんな言葉がある。
「人生はまだ開かぬ薔薇のつぼみ」

何があっても、最後まで生きてみないと人生は分からない。

今が辛くても、最後の最後に素晴らしい事が訪れるかもしれない。

どんな時も、そういう希望を失ってはならないことを、この言葉は教えているような気がする。

うちの気まぐれなバラがいつ蕾を開くかは分からないけど、立派な花をつけたら、心から褒めてやろうと思う。

蕾を開くその瞬間こそが、最も苦しい時なれば。

初稿:1999年1月27日 メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より 

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