疲れ果てて ~ゴッホ展の思い出~

2017年9月15日メルマガ書庫

ヴィンセント・ヴァン・ゴッホの作品に『 worn out 疲れ果てて』という作品がある。
十八の時、ゴッホ展で初めて本物を目にしたのだが、見た瞬間、絵に突き飛ばされそうになった。
そこには、見る者を圧倒するような、凄まじい情感が渦巻いていたからだ。

それは一人の中年男が椅子に腰掛け、頭を抱えている絵だった。
ゴッホ特有の強烈なタッチも色彩も何も無い。
ただ男が椅子に腰掛け、悩む姿をシンプルに描いただけなのに、疲れ果てた男の苦悶がうめき声となって聞こえてきたのだ。
実際、絵の前にへたり込み、憑かれたように見入っている学生風の女性もいた。私も横に座り込みたい気分だった。

『 worn out 疲れ果てて』――その絵は、疲れや絶望などという言葉で言い表せるものではない。
人間の、この世に存在する限りの苦悩をかき集め、一人の名も無い男に押し込めたような、凄まじいまでの痛苦を感じさせた。その絵を前にしたら、誰もが、そこから放散する地響きのような呻き声を聞かずにいないくらいの。

現実でさえ、これほどの苦悶を浮かべた人間はあるまいと思う――それほど、この絵は、疲れきった人間の苦悩をありありと描き出していた。

今でこそ何十億、何百憶という値がつくけれど、「生涯に売れた絵はたった一枚」だったゴッホの人生。
それは絵でもって叫び続けた、自分探しの人生だった。
その絵と生涯は、狂気にも情熱にもたとえられるけど、何のことはない。
彼もまた人として当たり前の欲求に従って生きただけだ。
ただその言語が、当時としては分かり難かっただけで。

『疲れ果てて』に塗り込められた彼のうめきは、時を経た今も生々しく響き続ける。
人々がそこで立ち止まり、そのうめきに飲まれるのは、誰もが知る苦悩の姿が描かれているからにちがいない。

それにつけても○○(株)。

バブル全盛期にゴッホの『ひまわり』を競り落とし、暗いビルの一室に閉じ込めた。
黄色とアルルをこよなく愛したゴッホ。私が大金持なら、(株)から買い戻して、アルルの野に放ってあげるのに。
『ひまわり』にはやっぱり南仏の陽が良く似合う。
あれは、憧れの画家ゴーギャンとの共同生活が決まって、束の間の幸せを味わったゴッホの悦びの絵なんだよ。

§ ゴッホに関する書籍

私の大好きな美術本の一つです。ルネサンスの巨匠から現代美術まで有名どころはすべて網羅。文字がぎっしり詰まった美術本と異なり、可愛いイラストが分かりやすくガイド。「美術って何となく敷居が高そう・・」という方でもマンガ感覚で楽しめます。
他の美術本にはない名匠の生い立ち、恋のエピソード、あの画家との比較、時代背景など、読み物としてもおすすめですよ。


※レビューより「牧師である父、そして牧師の道を断念し画家の道を選びながら、教会への嫌悪感を募らせていく過程や娼婦との同棲、弟テオとの同居による光の世界のパリでの生活。印象派の影響やジャポネズリーと呼ばれた浮世絵との出会い、ユートピアとしての日本、南仏の明るさとひまわり、いずれも作品の色濃くその遍歴が刻み込まれています。34歳から36歳の作品群の輝かしさはまた彼の精神の高揚と一致しています」「このアート・ビギナーズ・コレクションは全編カラー」だそうです。

featured image: ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ 【疲れ果てて(worn out)】

初稿 :1999/9/10 メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より