建築賞と住み心地

ン年前、Marieは仕事の都合で、駅近くのアパートに引っ越した。

21㎡(約6畳)のワンルームで、家賃は水道代込みの*万円。 バブルの余韻残る当時としては、お値打ちの安さだった。

割と有名な「建築賞」を受賞したというそのアパートは、五階建 ての築四年。コンクリート打ちっぱなしの外観がお洒落といえばお 洒落だったが、四年の歳月は剥き出しのコンクリートにそれなりの 汚れと傷みを露にしていた。

「これだけ便利の良い場所で、しかも水道代込みの*万円! こん な物件は二つとありませんよ」

初めて訪れた不動産屋の熱弁に押されて、契約書にサインした私。
どうせ仕事中心なんだもの、寝て食える場所さえ確保できればそれで良いや――そう軽く見たのが運のツキだった。

21㎡とはいえ、部屋の形は、長方形の一角が切り落とされたよう な五角形。
開口部は、北側にベランダに出る為の開き戸が一つと、 東側に頭一つ分ほどの窓があるだけだ。

部屋の中は一日中薄暗く、 風通しも悪い。おまけに床は灰色のフエルト様のものが敷き詰めてあるだけで、硬く、じめじめしている。

欠けの部分には、分厚い柱状のガラスが二本埋め込まれていて、 わずかに採光できるようになっていたが、北向きのせいか、採光の役目はほとんど果たしてなかった。

この欠けのせいで家具を置く事も出来ず、空間の利用に随分てこずった思い出がある。

「まるで牢獄みたいやな」 開口一番、母は言った。

「お金が無いんだから、しょうがない」 その一言で押し切ってみたものの、部屋への不快感は日に日につのるばかりだった。

それにつけても、マッチ箱の片隅がひしゃげたような、変五角形の部屋。

皆さんはお洒落だと思いますか?

最近は凝ったデザインのアパートも増えて、台形の部屋や、三角 形の部屋なども作られているようだが、正直、空間の歪みほど気持ちの悪いものはない。

常時、意識するわけではないのだが、ふっと 気付いた時、何ともいえない圧迫感がある。

幅70cmほどの部屋の欠けを見ながら、何度思った事か。

「この欠けさえ無ければ、すっきりした長方形なのに。なんでこの角をわざわざ切り落とすようなデザインにしたのだろう?」

すると空間の均整や安定感を求める気持ちがわっと込み上げてきて、こんなキテレツな空間を作ったデザイナーに怒りさえ感じたのだった。

今人気の風水でも、こうした変形部屋は「欠け部屋」と呼ばれ、 不幸をもたらす凶相とされている。

それは「欠け部屋」に悪霊が取り付いたり、貧乏神が住み着いたりするからではない。

「欠け部屋」に居る事で、精神の安定を欠き、それが仕事にも私生活にも影響するようになるからだ。

埃のたまった部屋に住めば全てにおいてズボラになるし、友達も寄り付かない。

性格は暗くなり、仕事も駄目になる。

逆に、整理の行き届いた、明るく綺麗な部屋に住んでいれば、自ずと元気が湧き、気持ちも穏やかになる。

「家具の配置で運気をアップ」「色や小物で福が呼べる」というのは、心地良い空間に住むことで気持ちが前向きになり、それが私生活や仕事に反映されるからだろう。

春には春のインテリアがあり、西には西日に合った色づかいがある。
( 西に黄色=金運アップというのが鉄則らしいね )

その自然な息吹を住空間に取り入れることで、皆が笑顔で暮らせ るような心地好い住まいを作りましょう、というのが風水の教えと思う。

絵を飾るにしても、落ち着きの良い場所と、絵の良さを殺す場所 がある。
宗教的な絵は方位の頭である北側が似合うし、 幻想的な絵や物語を感じさせる絵は光に満ちた南側が似合う。

家具も同じ。それぞれに収まりの良い場所というものがある。
お堅い本棚は北側が似合うし、お洒落なドレッサーやクローゼットは南側が似合う。

東に赤系統の花が似合うのは、朝日に素晴らしく映えるから。

恋愛にピンクが良いのは、女の子らしい気分になるからだろう。

インテリアというのは、ちょっとしたマジックだ。

気分転換には、カーテンと布団カバーを変えるのがオススメ。

それと同じように、デザインが及ぼす影響も計り知れない。

皆さんにも経験があるでしょう。

「洒落てるのにどこか落ち着かないカフェ」「豪華だけど淋しい感じのする旅館」「モダンだけど入る気にならないブティック」等々。

潰れる店の大半はデザインが悪い。

作りは凝っていても、人を引き付けるものがない。

客を呼ばない事には話にならないのに、わざわざ客が引くような作りにしているのだ。

新しい店がオープンした時、あるいは新しい複合ビルが建った時、 デザインを見れば、流行るか流行らないかが分かる事がある。

「何か落ち着かない店」「行く気にならないファッション・ビル」 って、たいがい潰れてる。

ちょっとエントランスの雰囲気を変えれば人が入っていくのに、 工夫しないんだ。

そして暗い店の店員ほど、見た目は綺麗でも、表情はしけている。
人の動きの無い空間にいると、明るい人も淋しくなるからだろう。

人間の精神は、取り巻く空間に支配される。 それは常時意識されないけれど、確実に人間に影響している。
そしてその影響が一番濃厚に現れるのが、住空間であろう。

私が創刊号からずっと購読してるメルマガに、
【 建築家・守田昌利の「住宅を考える」】 まぐまぐID:0000019299 http://www.the-pros.co.jp/morita/
建築関係の本って、やたらと難解なのが多いのだが、守田さんの 文章は非常に読みやすいし、分かりやすい。

シロウトが読んでも楽しめる内容だ。 その中で、守田さんはこんな事を書いておられた。

【 建築家の道は、住宅の設計に始まり住宅の設計に終ると言われております。
私も多くの住宅を設計してきましたが、まだまだ勉強を重ねていかなければと、この文章を書きながら改めて思い直しているところです。
素人でも考えられるのも住宅、プロでなくては決して創れないのも住宅。
とても不思議なもの、それが住宅なのかもしれません。】

これと同じ事を建築CADの勉強会でも教えられた。

「なぜ住宅なのか?」―― その時は分からなかったけれど、あの変なアパートを出て、やっとまともな住居に移り住んだ時、その意味が分かるようになった。

デザインの礎となるもの――それは空間を利用する人間に対する “思いやり”だ。快適さ、便利さ、美しさ……空間のもつ様々な特長をいかに提供するかがデザイナーの職務ではないだろうか。

足腰の悪いお年寄りの事を考えれば、段差を取っ払ってバリアフ リーにする。
耐久性を考えれば、構造や素材選びに工夫を凝らす。
立地が都会のど真ん中なら、光や緑をふんだんに取り入れて、オアシスみたいな空間にする。

常に対象を意識し、デザインの過程で自身の様々な思想を織り交ぜて行くことで、いろんな美的・技術的工夫が生まれる。
そうして作り出された空間には、至る所に、デザイナーの意図や感性、言語、哲学などが息づいているものだ。

住宅とは、対象と空間が最も密接に繋がっている場所であり、人間の生の基礎となる場所である。

住宅の設計には、建築の全てが凝縮されている。

住み心地の良い、素晴らしい住宅を設計できる人は、オフィスビルを設計しても、アミューズメント施設を設計しても、良い空間を提供できるような気がする。

建築とは規制との闘い――
網の目のように張り巡らされた建築基準法や、厳然たる物理の法則の中で、いかに自己を表現し、なおかつ優れた空間を提供するか、常に葛藤と超克の中に有る。
ある意味、建築家って、『世界で一番不自由な芸術家』『闘う芸術家』なのかもしれない。

あの変五角形のアパートは、ちょっと有名な建築賞を受賞しただけあって、確かに外観は洒落ていた。
しかし住む者にとっては最悪の空間だった。
デザインした人に言ってやりたいぐらい。
「あんた、一回、住んでみな」って。
それとも受賞条件と住み心地は必ずしも一致しないのがこの世界の法則なのだろうか――?

初稿:99/11/08  メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より 

Site Footer