貯蓄のススメ  短編「一切れのパン」より

Marieは病気療養中につき、ついにプータロー状態4ヶ月目突入であ りんす。

古くからの読者はご存知のとおり、その間、労働問題などもあって 友人一同、特に金銭的なことを心配して下さってる訳ですが、当のMarieは、「あ~、もうー、涙が出るぅ」とほたえながらも、そこまで慌ててないのですよ。

そりゃもう演技、演技です。

なんでって、お金はあっても「無いです」と言い切るのが一番利口 だから。

これはもう相手が大の親友だろうが、信頼おける上司だろうが、親族だろうが、恋人だろうが、ダンナだろうが、共通の法則ね。

人間関係って、100万で築ける場合もあれば、100円で壊れる時もある。
親子関係でさえ金で揺らぐのだもの。赤の他人なら尚のこと、どんなに深い仲であっても、お金に関して だけは違う意識をもった方が良い。
だからMarieも相手に聞かないかわり、Marieも絶対込み入ったこと は話さない。
聞かれたら、「ん~、まあ……なんとかなるとは思うけど……」 と、ちょっと困った顔をして、割り引いて答えるのがベストでしょ。

人間というのは、まったくお金が無くても軽蔑されるけど、有れば 有ったで誤解されたり、舐められたりするものですから、社会的資源を上手く活用する為にも、お金に関しては、スットボケておいた方が利口なのダ。
素知らぬ顔で貯め、何気なく使う。
これが一番スマートなやり方ではないかと思います。

そこで提言。

若いうちに、一年、できれば二年は遊んで暮らせるほどの貯金を作 っておきなさいませ。
家賃、光熱費、食費、税金、保険料……すべて払ってもまだ余裕で 一年は暮らせるほどの貯金があれば、何が起こっても悠然と構えていられます。 クビになろうが、病気になろうが、事件に巻き込まれようが、慌て具合が違います。

結局、みんな、トラブルが起きて生活できなくなるのが怖いわけだ から、そうなる前に、アリさんみたいにガッチリ貯めておくの。
予 期せぬ冬に備えてネ。

若いうちから三つも四つも保険に入るより、が~んとまとまった貯 金を作る方がうんと利口です。

よく「結婚してから貯める」とか「30代になったら貯める」とか言 う人もいうけれど、めちゃアマですね。
結婚してからなんて水滴ほどしか貯まりません。

そりゃ、よっぽど 稼ぎの良いダンナをもらえば別だけど。 30代になればなったで、20代とは違った出費がかさみ、もっと貯まらなくなるものです。
洪水のようにが~んとお金が貯められるのって、独身時代だけなんですよ、ホント。
「今しか遊べない」「今しか買えない」 その気持ちも分かるけど、遊び、買いまくる一方で、貯めるものだけはきちんと貯めておくのが利口です。
家を出て自活しているならともかく、親と一緒に暮らして、食費も光熱費も全部親任せの月給取りならなおのこと、貯まらなきゃウソ ですネ。

とにかくお金は若いうちでなければ貯まらない。
年収ン千万の身分になればなったで、それに見合った出費が出来るものだし、皆が皆、そんな結構な身分になれるわけではないのだから、高校卒業したら直ちに貯金を始めるくらいの気構えでおった方が良いわナ。

それに早くから貯め始めれば、ちょっとずつでも、たくさん貯まる。
同じ27歳で結婚生活を始めるにしても、貯金100万でスタートを切るのと、500万でスタートを切るのでは、雲泥の差があるものよ。
しかも、30過ぎてから、家賃や養育費に追い回されながらキチキチ貯めるのは精神衛生にも悪い。あれも節約、これも節約で、生活そのものが暗くなる可能性がある。
20代の貯金なんて、「きゃ~~、あのネックレス素敵! でも、この前一つ買ったしなあー。今回は見送ろう」というノリだから、すごく楽なのよ。

で、貯めたお金は、ひたすら隠し続けるのがお利口さんね。
それがイザという時の基盤になるからヨ。
“いよいよ”という時が来るまで、最後の切り札として取っておく。
そうすると、「もう駄目だ」と音を上げそうな状況になっても、不思議と「もう一日、頑張ってみよう」という気になるものです。

人間には二つの基盤が必要。 一つは、精神的基盤。

もう一つは、物質的基盤。 この両者に支えられてはじめて、人は確たる人生を生きていくことができる。

そして、その基盤が作れるのは20代なのよね。なんといっても。

30からでは難しいし、40からでは遅すぎる。

打たれても、へこんでも、また柔軟に立ち直れる20代にありとあら ゆることを経験し、この二つの基盤作りに努めるべきだと、私は常々思っております。

Marieがこういう考えを持ち始めたのは、小学校の国語の教科書に 載っていた物語がきっかけなのよね。

戦争になり、ある男が捕虜になりましす。

男は、敵軍の列車で収容所へ移送される途中、脱走の機会を得ますが、 その時、ラビと呼ばれる老兵が、男に小さな包みを渡して言いました。

「この包みには一切れのパンが入っている。だが、この包みは、最後の最後まで開いてはいけない。これがお前さんの最後の一切れな のだから、どんなに腹が空いても辛抱に辛抱を重ねて、最後まで持ち続けるのだよ」

男は傷ついた老兵を列車に残して、荒野へ飛び出しました。
ラビがくれた小さな包みを懐に抱いて、必死に故郷を目指します。

しかし見渡す限りの荒野、下手すれば敵兵に見つかって、いつ殺されるとも限りません。

男は死にそうな空腹や疲労と闘いながら、極限の荒野をひたすら歩き続けました。

途中、男は飢えに耐えられなくなり、何度も何度もラビからもらった包みを開こうとします。

しかし「これが最後の一切れなのだ」というラビの教えに止められ、 その度に包みを懐深く押し込みました。
この辛い行程は、まだ何日、何週間続くか分かりません。今日、最後の一切れを食べてしまったら、いよいよ飢えで死にかけた時、命を助けてくれるものが何一つ無くなってしまうのです。

男は包みの中の一切れのパンを握り締めながら、 (歩けるうちは決して開くまい。最後の最後まで、諦めずに歩きつづけるぞ) と誓いを新たにするのでした。

そうして、何日もかかってようやく故郷にたどり着いた男は、喜び迎える家族に、ラビと命を救った包みのことを話します。
そして包みをテーブルの上で開いた時、皆はあっと驚きの声をあげ ました。なんとその包みに入っていたのは、一切れのパンではなく、小さな木片だったのです。

もし男が飢えに負けて、途中で包みを開いていたら、絶望のあまり その場で死んでいたかもしれません。

包みの木片を「最後の一切れ」と信じ、「まだ歩ける、まだ歩ける」 と思いながら歩き続けたからこそ、男は無事に故郷まで帰り着くことができたのです。

後に、脱走した兵の中で、無事に帰り着いたのは自分だけだと知っ た時、男は改めて老兵ラビの知恵に打たれ、深い感謝を捧げたので した...

小学校の国語の教科書も、5~6年になると面白くなるね。
Marieは授業そっちのけで教科書に読み耽っておったが、一番印象に残ってるのがこの物語。
あいにく作者も題名も忘れてしまったけれど、今でもよく思い出します。

Marieが“良いなあ”と思うのは、「包みは最後の最後まで開けて はならない」というラビの教えなんですね。
そこには[命を救う最後の一切れは、その時が来るまで辛抱強く持 ち続けなさい][どんなに今が辛くても、まだ“最後”ではないよ]という強いメッセージが感じられるからです。

男は何度も(もうダメだ。耐えられない。このパンを食べてしまい たい)と包みに手を伸ばしました。

でも、その度に、「これが最後の一切れ」というラビの言葉に打たれ、思い止まりました。
男は何度も自問自答したことでしょう。

(今は耐え難いほど苦しい。だが、今、この最後の一切れを食べて しまって良いのだろうか? ……いやいや、まだ“最後”ではない。 最後の一切れを食べるには早すぎるぞ)

そうして今日よりは明日、明日よりは明後日と、“最後”を先に延 ばすことによって、男は生き長らえることができたのです。 もし男が飢えに負けて包みを開いていたら、ただの木片に愕然とし て生きる気力さえ無くしていたでしょう。

最後の一切れは、命をつなぐ希望でもあります。 そしてその希望の正体は、ただの木片を一切れのパンと信じるような、ちょっとした心のマジックなのかもしれません。

有形・無形の財産は二十代に作りましょう。

初稿:99/10/17 メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より 

追記:この作品の全編が下記のブログに掲載されていました。ぜひご一読下さい。

ブログ「地中海と砂漠の間」より 『一切れのパン』
http://ckphoto.exblog.jp/5965803/

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