研修 ~看護助手として病院勤務を始める~

その春、新規に採用された看護助手は、私を含めて四人だった。

一人は専門学校卒の二十歳で、あとの三人はみな高卒だった。

キリスト教系の病院らしく、研修初日はまず院内の礼拝堂で牧師さんの説教。
宗教など全く信じてない私には、尻がむずがゆくなるような話の連続。

それでも皆に合わせなければいけないと、隣の子の真似をして胸の前で手を組む。

そして口パクの讃美歌。

職員の大半がクリスチャンということもあり、私も洗礼を受けるよう進められたが、 「うちは浄土真宗ですから」と丁重にお断りした。

この時、洗礼を受けて入れば、 私ももう少し利口な人間になっていたかもしれない(笑)。

その後、婦長室で、看護部長さんからお話があった。

その時、言われた事が、

「あなたたちが将来、看護婦を目指すかどうかは、あなたたち自身の意志に任せます。

ただ、ここで働く以上は、ここでの経験を人生の糧にして欲しい。

病院は社会の縮図、そして人生の縮図です。

病院には小さな子供からお年寄り、貧しい人からお金持ちまで、様々な人がいます。

そして、あなたたちは、それらの人すべてに等しく、 愛情を持って接しなければなりません。

なんといっても、あなたたちは、学校を出たばかりの、右も左も分からない娘さんです。

時には、患者さんに当たられたり、怒られたりして、 “人を看る”ことの難しさを嫌というほど思い知る事もあるでしょう。

けれど、全ての事が、あなたたちの成長の糧になるはずです。

将来、看護婦になる、ならないは別として、 ここで出会う人、体験した事を大切にして下さい」

私たちはスケジュール表とマニュアルを渡され、 食事介助や洗面介助、全身清拭や更衣といった基本的なケアを学ぶ事になった。

ベテラン看護婦さんの指導の下、私たちはユニフォームをずくずくに濡らしながら、それでも楽しく介護の技術を学んだものだ。

そして、そこには学校の勉強とは全く違う“生きた学習”があり、“実践”があった。

時折、大学で勉強したかった事を思い起こすこともあったけど、 研修が終わる頃には、そんな迷いもすっかり吹き飛んでいたのである。

……それでも寮に帰り、ダンボールに詰めてきた原稿の束を見ると、 ふと自分の人生が脇道にそれてしまったような淋しさを覚える事があった。

――原稿なんて、意志さえあれば、何処ででも書ける。

――書く勉強は一人でも出来る。

――大学出たからって、皆が皆、モノ書きになれるわけじゃない……。

自分にそう必死に言い聞かせ、就寝前のわずかな時間を見つけては、 原稿を書こうとしたけれど、疲れや緊張が頭を真っ白にし、一言一句、思い付かない。

ペンを握り締めたまま原稿に突っ伏し、訳も無く泣いたことも、しばしば――。

「生きること」と「生活すること」は全く別次元のものであることを痛感しながら、眠りに就くのだった。

初稿:99/04/06 メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より 

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