コペルニクス ~発想の転換~

ここ三年の間に、自分の中の常識や固定観念を覆すような出来事が次々に起こったのだけど、改めて振りかえると、 『かくあるべき』 『こうでなければならない』 という凝り固まった考えが、いかに世界を閉ざし、人間を誤解し、 多くの可能性を潰してしまっているかがよく分かる。

『それでも地球は回っている』と叫んだのはコペルニクス。

だけど、あの時代、(もしかしたら地球は自転してるんじゃないか)と考えていたのは、コペルニクスだけではなかったかもしれない。

もっと以前にも、同じことを直観していた人はたくさんあったかもしれない。

だけど、天罰を恐れ、教会を恐れ、孤立を恐れ、失墜を恐れ――多くの『凝り固まった思い込み』から、自らの手で豊かな可能性を潰 していたのではないか――?

「それでも地球は回っている」と叫んで、コペルニクスは歴史に名を残した。

地動説を組み上げたその頭脳より、世界を敵に回しても自分の直観に殉じたその精神に、より多くを学ぶ。

物事の本質は、リクツで解き明かすものではない。

直観するものだと、最近とみに思う。

人生も、恋愛も、リクツをはるかに超えたものだと知った時、『かくあるべき』の壁の向こうに隠れていたものが、ほんのちょっと垣間見えたような気がした。

誰もが「自分を変えたい」「人生を変えたい」と望む。

だけど、多くは、望むほどに変える勇気を持ち合わせていないものだ。

全てを変える「一線」を目の前にしながら、結局、「自分」にしがみついている。

「新しい一歩」を踏み出すことなく、いつまでもその場 に立ちすくんでいる。

そうして時間ばかりが過ぎて行く。

変革には犠牲がつきもの。

その犠牲を惜しむか、喜んで差し出すかで、生き方も違ってくる。

「一つを選ぶ」ということは、「一つを捨てる」ことなのに、あれ もこれもと抱えたがるのが人間だ。

ある意味、“年を取る”ということは、損得勘定ばかりが発達する 事なのかもしれない。

『地球は回っている』 そう気付くことより、声に出して叫び続ける方がずっと難しく、価値あることだと知るまでに、多くの人間がこの世から姿を消している。

初稿:1999年9月20日 メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より 

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