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愛と疑いは一緒にいられない ~エロスとプシュケの寓話より~ 7月 25日, 1999年 by 阿月 まり

ある国王と女王に、三人の王女がありました。
皆、それぞれに美しい娘でしたが、わけても末娘プシュケの美しさは、美の女神アフロディーテにも引けをとらぬほどでした。

ところがプシュケの思い上がりに腹を立てたアフロディーテは、恋の矢を射る息子エロスに、プシュケにくだらない男に恋させるよう命じます。
エロスは母の言い付けに従い、眠るプシュケの側に舞い下りますが、その美しさに一目惚れしたエロスは、意地悪するのをためらってしまいます。
そうしてプシュケがふと目を覚ましたとき、慌てて飛び去ろうとしたエロスは、過って、恋の矢で自分自身を傷つけるのでした。

やがてプシュケの身の上に、恐ろしい神託がくだります。
『プシュケは人間の花嫁にはなれない。未来の夫は、山上に住む怪物だ』
王と女王は神託に従い、泣く泣くプシュケを山に置き去りにします。

すると西風ゼピュロスがプシュケを優しく抱き上げて、美しい宮殿へと運んでいきました。

そうして夜になると、プシュケの夫が姿を見せずにやってきて、プシュケを大切に可愛がってくれました。

しかし、プシュケは、一目夫の姿が見たくてたまりません。
「どうかお姿を見せて下さい」と求めると、夫は言います。
「僕の愛に疑いでもあるのかい?僕はただお前が愛してくれさえすればいいのだ。
僕にとっては神と崇めてもらうより、お前と同じものとして愛してもらいたいのだ」

プシュケも一時は気が休まりましたが、その幸福を妬む姉たちに、
「お前の夫は恐ろしい怪物よ。いつかお前を食べてしまうつもりなの。そうなる前に、寝入った夫の姿を明かりで照らし、夫が本当に怪物だったら、その首を切り落としなさい」
と、短剣を手渡されます。
そして、夫との約束を破って、ベッドで眠るその姿を明かりで照らし出すのです。

すると、そこに眠っていたのは恐ろしい怪物などではなく、白い翼の生えた、美しい神様エロスでした。

ところがロウの滴りがその肩に落ちたため、エロスは驚いて目を覚まし、窓の外に飛び出します。

その後を追って、窓の外に飛び出したプシュケが地面に落ちてしまうと、エロスは飛ぶのを止めて、言いました。
「愚かなプシュケ。もう僕はお前と一緒に暮らすことはできない。
愛と疑いは一緒にいられないのだよ」……

エロス(愛)は、何処からともなく舞い下りて、
プシュケ(魂)を優しく抱く。
その姿は見えないけれど、愛はいつでもそこに在る。

ところが姿が見えないだけに、人は不安になる。
ついその存在を疑い、愛の姿を確かめたくなる。
そうして疑いの灯をかざし、その姿を確かめようとすれば、
愛はたちどころに飛び去ってしまうのだ。

疑えば、愛は去り、
愛すれば、疑いは消える。

目には見えない愛を信じることの難しさ……
人はどうしたって目に見える証が欲しい。
目で見て、手で触れて、
いつもその存在を確かめていたい。
目に見えないからこそ、心にしみるのだけど……

そうしてエロスを疑ったプシュケがその後どうなったかというと――

プシュケは、エロスの母親であるアフロディーテを訪ね、「どうか夫を返して下さい」と懇願します。

けれどアフロディーテは、「お前ほど哀れな女はありません。

エロスはお前に受けた痛手で今も臥せっているのだから、もう一度、エロスと一緒になりたければ、
私が課した試験をすべてやってのけるのです」
そうしてプシュケに大変な仕事をいくつも命じます。

けれどプシュケは他の神様たちの力を借りて、その仕事を一つずつ片づけて行きます。

やがてアフロディテの命を受け、冥府の女王であるペルセポネの元へ、その美の秘宝を入れた箱を取りに出掛けたプシュケは、好奇心から言い付けに背き、中身を見ようと箱を開けてしまいます。

けれど箱に入っていたのは、美ではなく、冥府の眠りでした。
プシュケは眠りに憑かれて、道端にばったり倒れてしまいます。

一方、すっかり傷の癒えたエロスは、愛するプシュケを求めて、アフロディーテの宮殿から飛び出し、眠るプシュケを見つけます。

そしてプシュケに憑いた眠りを箱の中に閉じ込め、恋の矢で軽く突つくと、目覚めたプシュケを連れて、大神ゼウスに二人をめあわせるよう懇願します。
ゼウスは不老不死の霊酒をプシュケに授けると、言いました。
「これを飲んで神体となり、エロスと永久に結ばれるがよい」

やがてエロスとプシュケの間にはひとりの娘が生まれ、その名を『悦び』と呼んだそうです。

★ギリシャ語で、Psycheは「蝶」を表します。

→ 英語のPsychic(精神的な)やPsychology(心理学)の語源となっています。(原義は“呼吸”、次に“魂”)

人間の魂も、蝶のように、数々の苦しみや悲しみで清められた後、真の悦びと幸福を授けられるという教えでもあります。
美術作品では、プシュケは蝶の翼がついた乙女で表現されています。

エロス(愛)と結ばれるプシュケ(魂)

エロス(愛)と結ばれるプシュケ(魂)

【ギリシア・ローマ神話】岩波文庫 ブルフィンチ 作

この記事の引用・参考文献。
ギリシャ・ローマ神話に関する入門編と言えば、この岩波版。
訳は古めかしいが、ドラマティックで、格調高い。
ギリシャの神々がまるで現代人のように生き生きと描かれている。


ヴィーナスの片思い―神話の名シーン集

可愛いイラストで紹介する西洋美術の世界。
「ヴィーナスはどうやって誕生したの?」「あの有名な絵画のモデルは誰?」etc
ギリシャ・ローマ・ゲルマンなど世界の神話をテーマにした西洋美術の傑作を、ほのぼのしたイラストで解りやすく紹介しています。内容も充実して、西洋美術に気軽に親しみたい人にはお薦めの一冊。


初稿:99/07/25  メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より 

マリアのウィンク―聖書の名シーン集
この本がなければ今の私はなかった・・というくらい影響を受けた本。
愛らしいイラスト本ながら西洋美術に関する解説は本格的。
この絵にはなぜこのモチーフが使われるのか、この人物は誰なのか、神話の知識と西洋美術の基礎が自然に知識が身につきます。
美術の入門書としても大変おすすめです。

西洋絵画の主題物話〈2〉神話編
こちらは本格的な西洋美術読本。物語はもちろん、絵が描かれた歴史的背景、画家のエピソードなど、美術に関する記述も豊富で、幅広い知識を身につけたい方におすすめ。

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