チグリス川の日は暮れて

「王様はハダカだ!」と言える自由と、それを受け入れる社会の健全さ。

紀元前1700年の昔にも、 やれ「お前が悪い」「アイツが悪い」と言い争い、 「お代官さま~ 公正なお裁きを!」 と訴える人が跡を絶たなかったことだろう。

誰だって我が身が可愛い。

自分の利益は守りたい。

何事も平等に扱って欲しい。

人の頭をパカっと殴って、誰にも咎められないのはオカシイし、人の物を盗んで、しゃあしゃあとしているのも許せない。

一つのものを二分するにも、基準が無ければ分けようがないし、 世の中に規則が無ければ、みな好き勝手してしまう。

そこで王様は考えた。

「そうだ、ルールを作ろう。 国が混乱せぬよう、すべての民が納得するような、 公正なルールを作ろう」

王様は、信頼できる臣下を呼び出し、 自分の意志を伝えた。

「御意にござります」

臣下はさっそくルール作りにとりかかった。

だけど、『公正』って難しい。 何を世界の基軸にすれば良いのだろう?

どうすれば、「公正」というものを実現できるのだろう?

今から2700年前にも、 チグリス川のほとりにたたずんで、 そんな事を考えていた人もあったかもしれない。

悠久の川の流れを見つめながら、 とこしえに国を支える盤石の法を作ろうと、必死に頭をひねっていた人もあったかもしれない。

それこそ彼は、考えて、考えて、そのうち日が暮れて、 大地が茜色に染まる頃になってもまだ石版と向かい合いながら、『秩序』『公正』『善悪』というものについて、思い巡らしていたことだろう。

奴隷などというものがまだ存在し、 選挙も、議会も、な~んもなかった時代でさえ、 王も民も「法」だけは求めたのだ。

世界の基軸となるルールだけは……。

やがてバビロンの王様は、知を得て、一つの法典を作り上げた。

チグリス川の日は暮れて、 法を刻んだ石版も地中深くに埋もれたが、 その精神だけは、時を超えて、今も生き続けている。

初稿:99/6/15

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