Notes of Life

成人式 / 18歳、一人で立つ

1999年6月3日

話は再び、十八歳の丁稚奉公時代にさかのぼる。

看護助手として働き始めた私の初任給は10万3千円。

そこに夜勤手当がついて、保険料や税金を引かれて、 手取りがやっと11万5千円前後だった。

それでも、一万円札など、年に一度見るか見ないかの極貧高校生 だった私にとって、給料袋に入った11枚の一万円札は、目も眩むような輝きを放って見えた。 ⇒初回の受給は手渡しだったのだ。

自分名義で銀行口座を開設した時も嬉しかったなあ~

「ああ、私ってオ・ト・ナ」って感じで、急に背丈が伸びたような気がした。 ちなみに当時の暗証番号は今でも愛用しています。
初心忘れるべからず……ってやつかしら 。

そして、11枚の一万円札を茶色い事務用封筒から出しては、 番町皿屋敷風に「いちま~い、にま~い」と数え、これだけの大金を自力で稼いだ自分に 心から「かいぐり、かいぐり」してやった。

今じゃ《基本給 10万3千円》なんて、 「けっ、バカにすんじゃねえっ」と思いがちだけど、私にとって、その10万3千円は、自分の努力と責任への報酬――自分が確かに社会に関わり、社会に寄与しているという事実の証だったのだ。

「初めてのお給料は何に使うの?」

と総務の人に聞かれ、

「とりあえず貯金します」

と私は答えた。

「“貯金”なんて淋しいこと言うなよ~。 若いんだから、少しでも自分の為に使いたまえよ~。思い出に残るような、何かに」

だけど、11万の大金だぞ。

使うなんて、もったいない……!!

私はそう思いながら寮の自室に引き上げ、 そこでも万札11枚の感触を心ゆくまで楽しんだ。

それからふと、腹が減ったことに気付き、 ダンボール箱を改造して作った食料庫を覗いてみた。

そうしたら、家を出る時に、母がビニール袋に入れて持たせてくれた お米が底をつきかけている。(一体、いつの時代でしょ……)

「そうだ、米を買おう」

私は万札一枚を引き出すと、財布の中に大事に入れ、 近くのスーパーに買い物に出掛けた。

そこで私の大好物だった桜漬けと、米2kgと、ポテトチップスを買うと、意気揚々と寮に戻った。
  ⇒ この“ポテトチップ”を自由に買えるというのもメッチャ嬉しかった。

それまで「ポテチが食べたい」と訴えても、 「あかん、あかん! ポテチなんか食べたら身体が腐る」と言われめったに買ってもらえなかったからだ。

それから共同の炊事場でお米をといで、 自室のミニミニ・ジャーでお米を炊いた。

そして炊き立ての御飯に桜漬けをのっけて食べたら、 とってもとっても美味かった。

その勝利の美味をかみしめながら、私はしみじみ思ったものだ。

「今日が私の“成人式”サ。私はもう親に養われる雛じゃない。 米を買うのも自由、ポテチを買うのも自由、何をするのも自由だ。その代わり、飢えて死ぬのも自分のせい、間違いするのも自分のせい、いったん家を出て独立したからは、何があっても、絶対親に泣き付くもんか」

*

ところで、「自活」にすっかり気をよくした私が、 貯金からまとまったお金を引き出して、割と大きなステレオ・コンポを買いに出掛けた時、 店員さんが驚いて実家に電話を入れたことがあった。

「おたくの娘さん、15万円のコンポを一括でお買い求めになりましたが、 ご両親はご存知なのでしょうか」

店員さんは、十八の娘が15万の代金を一括で支払ったことに疑問を感じ、 私が帰った後、すぐ両親に確認の電話をかけたのだ。

両親は、

「うちの娘は社会人ですから。自分に買える力があると判断したから、 買ったのでしょう。やましいお金ではありません。あれは娘の稼ぎです」

と答えたそうな。

……ちょっと前は、そういう時代だったのだ。

十八の娘っこが十万単位のお金を持っていたら、 大人が不審を抱いて、親に確認をとるような時代だったのだ。

今じゃ、中学生が十万単位のお金を使っても、 「いらっしゃい、いらっしゃい、毎度ありがとう~~~」でしょう。

儲け、儲けばっかりで、商人倫理もどこかにいっちゃったんでしょうかね。

初稿:99/06/03

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