私の友人には良い人が多い。
その一人一人について自慢したいくらい、 私は自分の友人が好きだ。
分けても、尊敬しているのが、前の直属の上司だった副主任さんと、 先輩格だった「ネエちゃん」だ。
その「ネエちゃん」が言ってくれた言葉で、一番印象に残っているもの――
それは、「人間として一番幸せなことなんだよ」の一言だ。
28~29歳にかけて、私も人並みに結婚で悩んだことがあった。
そして伯父が紹介してくれたお見合いを断った時、 家族や親族からずいぶん責められた。
相手がエエトコのボンボンだったため、
「なんでこんな良い話を! もったいない! お前はバカか!」てなもんである。
だけど私は自分の心や人生と、一生の保障を引き換えにするほど 愚かではない。
私にとって、『心』は至上のものだ。
自分の心にそぐわぬことは、たとえ皇帝がひざまずいても、お断りなのである。
だけどあまりに周囲から、 「お前はいずれ不幸になる」「そんな生き方は間違っている」……etc と言われた時は、さすがに精神的にまいってしまい、 仕事も手に付かないほど落ち込んだことがあった。
≪自分の心に従うことは、悪いことなのか?
自分の生き方を貫くことは、間違いなのか?
社会の通念にいったいどれほどの意味があるのか……?≫
そんな時、「ネエちゃん」が相談相手になってくれた。
私は自分の気持ちと、『原稿』に懸ける意志と夢とを語った。
「私にとっては、『原稿書き上げること』が人生の成功なの。人がなんと言おうと、私には最高の価値があるんよ。それにね、愛してもない男と一緒に暮らすぐらいなら、たとえ何処かで野たれ死んでも、独りでおった方がいい。好きでもない男と差し向かいで食事するぐらいなら、 橋の下で泥水すすって生きる方がマシなのよ」
ネエちゃんは、(やれやれ……あんたらしいなあ)って顔で、 私の話を聞いていた。
そして私が、 「私の考えは間違ってるの? 私の生き方は不幸なの?」 と言った時、ネエちゃんはこう答えてくれた。
「あんた、なに言うてんの。皆、そういう『何か』を必死に探してるんやで。一生探しても、見つからん人間だっておるんやで。 それだけ自分を懸けられるものがあるってことは、人間として一番幸せなことなんだよ」
「……そうなの?」
「そうやで。私を見てみ。何も無いやんか。
あの人たち見てみ。有るように見えるか。
皆、何の為に生きてるように見える?
あんたが幸せか不幸かは、最後の最後にあんた自身が感じることや。
今から人が決めてかかることちがう。
こうと決めたら、貫き。
中途半端は、かえって失敗の元や。
私も応援したるから、頑張り」
私たちは一生かけて、この問いを解くんだよ。
その場その場の選択の是非を――
自分がたどってきた道程を――。
迷いもあれば、苦しみもある。
それでも、それでも、全てを振り返った時、 その全てに「良し」と言えたなら、私は「最高に生きた」といえるのだ。
初稿: 99/05/23 メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より


