うちには六つの植木鉢と二つの花瓶、そして大小四つのヒマワリの造花がある。
Dr.コパの風水じゃないけれど、東向のリビングの花瓶にはいつも赤系の花とカスミ草を飾り、西日の当たる寝室には、ヒマワリの造花を籐の籠に入れて置いている。
よく「東に赤、西に黄色」というけれど、あれは確かに一理ある。
朝日には赤色の花が素晴らしく映えるし、西日にはヒマワリの黄色がよく似合うからだ。
風水の本には、運気をアップさせるアイテムだのラッキーカラーだの、いろいろ書いてあるけれど、それそのものが意味を持つわけではないと思う。
「心地よく暮らせる住まい」がその人自身の気持ちを高め、仕事や人間関係に好影響を与えるようになる――それだけの事ではないだろうか。
たとえばリビングに飾った一輪の花が、住む人の心を慰めるなら、それはそれで立派なラッキーグッズだと思うのだ。
ところで、うちで一番位の高い花は何かというと、この12月に買ったミニバラなんだよね。
このバラは、リボンのついた籐の手篭に収められ、うちで一番見栄えが良く、一番エアコンの恩恵を受けられる、リビングのTVの上に置かれている。
バラというのは夏の花で、とにかく寒いのが苦手。買った時にはいくつもあった蕾も、新年を待たずして、開花せぬまま全滅してしまった。
“これではいかん”と思い、土を替え、室温を上げ、明け方にはカーテンを開けて陽に当てるようにしたら、ぐんぐん成長し始め、やっと新しい蕾が三つもついた。
ところが花というのは蕾がつくまでは割と順調にいくけれど、開花させるのが実に難しい。
蕾がほころんで、(もう咲くかな)と思った頃に力尽き、あっけなく枯れてしまったりするからだ。
花が蕾を開かせるのに必要なパワーは計り知れない。
それは新芽が種子の殻を破って出てくるよりも、もっとたくさんのエネルギーを必要とする。
毎日見ていると、根や葉っぱから得たエネルギーを必死に蕾に送り込んでいる様がよく分かる。
それでも、それでも、簡単には花開かない。
何日も、時には何週間も踏ん張って、やっと花弁の色が見えてくる程度である。
そういう時には、こっちも必死に話しかけてやる。
――花というのは、本当に人の心が分かるんだよ。
愛情を注いで育てた花は綺麗に咲くし、心の何処かで見捨てた花は惨めにしおれていく――
昨日よりも膨らんだら褒めてやるし、いよいよとなったら心から励ましてやる。
そして、めでたく花開いた時には、最大の賛辞と感謝を贈ってやるのだ。
花も一生懸命、努力したのだから。
「星の王子さま」じゃないけど、うちのバラも気位が高い。気まぐれで、我が侭で、そのくせ人一倍繊細とくる。扱うのもひと苦労だ。ちょっとでも気に入らない事があると、すぐ葉を枯らすし、花もそっぽを向いてしまう。
ほころびかけた三つの蕾も、必死に頑張ってはいるけれど、こっちの出方を伺っているようなところがあって、なかなかストレートに花開いてくれない。こっちは今か、今かと心待ちにしているのにね。
だけど私はこのバラが大好きだ。
ただそこに居るだけで部屋を鮮やかにしてくれるし、心を慰め、元気づけてくれる。
花に命があることや、花を慈しむ気持ちを改めて教えてくれたのも、このバラだからだ。
三つの蕾が花開いたら、どんなに輝かしいだろう。冬の寒さから一気に抜け出して、そこだけでも春の日差しでいっぱいになりそうな気がする。
そして自分自身も誇らしい。――真冬にバラを咲かせたとなれば。
イギリスの古い諺にこんな言葉がある。
「人生はまだ開かぬ薔薇のつぼみ」
何があっても、最後まで生きてみないと人生は分からない。
今が辛くても、最後の最後に素晴らしい事が訪れるかもしれない。
どんな時も、そういう希望を失ってはならないことを、この言葉は教えているような気がする。
うちの気まぐれなバラがいつ蕾を開くかは分からないけど、立派な花をつけたら、心から褒めてやろうと思う。
蕾を開くその瞬間こそが、最も苦しい時なれば。
初稿:1999年1月27日 メールマガジン 【 Clair de Lune 】 より


