1998年のこと。 パソコン通信のフォーラムに飽きたのがキッカケで自サイトを作ろうと思い立ち、かの有名な制作ソフト『IBM ホームページビルダー』をいじりながら、肝心の『タイトル』を考えていた時、ふと目に入ったのが、CD 続きを見る» Read More → 映画・音楽・書籍レビュー & 恋と生き方のエッセー
1998年のこと。 パソコン通信のフォーラムに飽きたのがキッカケで自サイトを作ろうと思い立ち、かの有名な制作ソフト『IBM ホームページビルダー』をいじりながら、肝心の『タイトル』を考えていた時、ふと目に入ったのが、CD 続きを見る» Read More →
皆さんは、自分を導くFortunaの影を見た事がありますか? Fortuna は『運命の女神』。宿命とはまた別です。 宿命とは、先天的に定められた「人生の場」。 あなたが生きる人生の舞台です。 人によって、それは花園でも 続きを見る» Read More →
もう二十数年前の話である。 京都は四条河原町に、『河原町のジュリー』と呼ばれるルンペンが住み着いていた。 背はひょろりと高く、黒いボロから楊枝のような手足をのぞかせ、頭にはいつも崩れた山高帽をのっけてた。 時々、周りにも 続きを見る» Read More →
『わたしは恋なんかしたくない、だけど恋してしまった』 そう書き始めたのは、いつの日のことだったろう。 病院からの帰り道、傾斜35度の坂道を転げるように自転車で駆けながら、ある朝、私ははっきりそう自覚した。 自覚したとたん 続きを見る» Read More →
Agony in The Garden。 直訳すれば「庭園での苦悩」。 でもキリスト教圏では、「ゲッセマネの祈り」を意味します。 他にも『オリーブ山の祈り』とか『ゲッセマネの園』と呼ぶことがあります。 Agony in 続きを見る» Read More →
先日、かかりつけのT市立病院に行ったら、再診受付のコンピューターの前で、おじいちゃんが診察券を入れたり、出したり手間取っていた。 「カードが逆さまですよ」 と、正しい向きにカードを入れ直してあげたら、 「いやあ~、すいま 続きを見る» Read More →
東向きの部屋に移り住み、昼夜逆転の生活をするようになってから、夜明けを目にすることが多くなりました。 私はそれまで『日の出』というものを見たことがなく、いつも頭上で燦燦と輝く太陽しか知らなかったのですが、初めて夜を破る曙 続きを見る» Read More →
聖都イスラエルには、今も『ヴィア・ドドローサ』と呼ばれる路が残されいます。 ラテン語で「悲しみの道」を意味するこの路は、イエスが、ローマ総督の裁判により十字架を背負い、ゴルゴダの丘(刑場)まで歩いた道として知られ、今も年 続きを見る» Read More →
今、地上にあるもは、全て地球の物質で作られたものだ。 橋も、ビルも、机も、ステレオも、フライパンも、 ――もちろん人間も。 小さな一個の受精卵が赤ちゃんになるのは、お母さんがご飯やサラダや焼き肉を食ったからだ。お母さんの 続きを見る» Read More →
私は「かんごふ」時代の看護婦なので、今の医療現場がどうなっているのか、憶測でしか語れないが、「患者さま」と呼ぶのが主流になっていると聞くと、なんとなしに想像はつく。 もちろん、お名前をお呼びする時、「様」を付けるのには賛 続きを見る» Read More →