書籍と絵画

『憚(はばか)りながら』と『ミンボーの女』

2010年6月15日

今時、「伊丹十三監督」と言ってもピンとこない人の方が多いかもしれない。

私たちバブルの世代からすれば、まさにあの黄金期を賑やかに演出してくださった名監督の一人であり、国税局捜査官と脱税事業家の攻防を描いた『マルサの女 [DVD]』、「見終わった後、必ずラーメンを食べたくなる」というキャッチコピーで、行列のできるラーメン屋を目指すヒロインの奮闘を描いた『タンポポ [DVD]』など、時代を反映したテーマと軽快かつメッセージ性に富んだストーリー、宮本信子、山崎努といった日本を代表する役者の名演技で日本の映画館を満杯にした伝説の人である。

その伊丹監督が、日本のアンタッチャブルな世界「ヤクザ」について真っ向から取り組んだ『ミンボーの女』は、某団体の逆鱗に触れ、監督自らが襲撃され、刃物で顔を切りつけられるという事件を引き起こした。
作品自体はコメディタッチで、恨みを買うような内容にも思えなかったのだが、彼らの世界で言えば「示しが必要」だったのだろう。
頬に分厚いガーゼを当てて会見に挑んだ伊丹監督の姿に、かえってヤクザの脅威を感じた視聴者も多いはずだ。

そんな伊丹監督襲撃に関わったとされるのが、武闘派団体・後藤組の後藤忠政組長。

暴力団を除籍された後は、天台宗系の浄発願寺で得度したことで知られ、関連する書籍もいくつか出ている。

最近では、インタビュー形式の『憚(はばか)りながら』という本がベストセラーで、組長の生い立ち、静岡県富士宮を舞台にした愚連隊時代、山口組直参昇格、竹中正久4代目の思い出、山一抗争、伊丹十三襲撃事件、孤高の民族派・野村秋介との交友、企業社会への進出、政界との交流、武富士との攻防、山口組引退の真相などが語られているようだが、それよりもカスタマーレビューの方が面白かった。

過去の自分がやった暴力を笑いながら話すのはいかがなものか。
インタビューを編集した本なんですが、
とにかく後藤氏は笑いっぱなしです。
根っからのユーモリストなんでしょうが、
凶悪な犯罪と後藤氏の爆笑がミスマッチで恐ろしいです。

学生時代はカツアゲしまくったよ、ガハハハ
池田大作を脅迫したよ、ガハハハ
伊丹十三を処刑したよ、ガハハハ

という具合に笑いながら暴力を語ります。
とにかく暴力が好きです。
幼い頃、母親が亡くなったり、父親や兄から暴力を振るわれたり、
悲惨な少年時代を送りますが、
暴力に目覚め、兄を殴り、父親を殴ります。
そして、外でも暴力をしまくって暴力団になります。
全ての暴力を力強く肯定し、爆笑しながら話します。
反省とか微塵もないです。
なぜなら自分が悪い事をしたと思ってないから。
正当な理由で暴力を振るっているという自信が伝わってきます。
暴力団の思考回路がよく分かります。

こういうわけで、元暴力団組長が出家して僧侶になり
過去の暴力を反省、というような展開を期待してる人はビックリすると思います。
暴力団は自分の暴力を絶対に反省しません。
彼らは彼らなりの強固な信念をもって暴力を振るっているので反省は有り得ません。

この本を読んで、日本全国の全ての暴力団を怒らせ
伊丹なんて暴力を受けても当たり前だと言わしめた
伊丹十三のミンボーの女という映画を見てみたいと思いました。

値段は1500円で内容もボリューミーでお得感があります。
登場する人物や事件などは、その都度、編集者による解説文が挿入され
暴力団に詳しくない人でも理解できる構成になっています。
また、著者の印税は全て高齢者や児童の福祉のために寄付されるので
本の購入代金が暴力団の資金源になる事もありません。

世の中には「話し合えば分かる」、「愛がすべてを解決する」という考え方があるけれど、一方で、どこをどうひっくり返しても分かり合えない、根本から価値観の違う人間というものは数多く存在するものだ。

宗教しかり、文化しかり、話し合って分かりあえる事ばかりなら、今頃、世の中は、ジョン・レノンの唄う「イマジン」な幸福で満ちあふれていることだろう。

そして、「ヤクザ」もそうなのだと思う。

正義とか、思いやりとか、普通の人間の価値観がまったく通用しない世界に生きている人の集団なのだ。

私たちが聞いたら「ウッソー! 信じられなーい!」というようなことを平気でやってしまう。

だから、得する人はとことん得するし、強くなる人はいくらでも強くなれるのだろう。

彼らの魔の手から逃れる方法はただ一つ、「そういう世界に関わらない」、この一言に尽きる。

そして、世の多くの人々は、そういう世界とは無縁に生きて、ヤクザなんか東映かビック・コミックの劇画に出てくる遠い存在にしか思わないものだが、政治とか芸能界とか、ちょっと特殊な所に行くと関わらざるを得ない状況になってしまう。

伊丹監督曰く、「ヤクザが許せないのは、暴力で他人の人生を支配するから(映画『ミンボーの女』の台詞)」、まさにその通りで、人間としての尊厳や誇りを踏みにじられる方が、お金を渡すより、契約にサインさせられるより、もっと辛いはずだ。

多分、この本を読む人たちは、世間の裏側に興味がある野次馬的な気持ちからだろう。

一方で、ガハハな武勇伝に吐き気を覚える。

それでいいのだと思う。

この世には、決して許されないことがあり、その正当性を理解する必要もないのだから。

それにしても出版社の思惑にホイホイと乗っかるあたり、すっかり「普通の人」という印象があります。

関連アイテム

ノンフィクション賞受賞作のルポルタージュはこちら。
さらば山口組 ~後藤組・後藤忠政組長の半生~

伊丹監督襲撃事件の原因となった作品。内容はきわめて真面目。でも、実際、自分が被害に遭ったら、こうはいかないだろう……。

伊丹十三作品の中でも非常に完成度の高い作品。
事業者たちがあの手この手で脱税および証拠隠滅をはかるエピソードが凄まじいし、宮本信子演じる国税局捜査官も魅力的。
まさにバブル絶頂期を代表するコメディタッチの映画。
一番印象に残ってるのが、5000万円の当選クジを5500万円で売りに来る「お金のクリーニング屋」。
あまりの悪賢さにのけぞってしまった。
この頃の山崎努さんも、男の魅力がムンムンと漂って最高に素敵でしたね☆

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