書籍と絵画

三島由紀夫&美輪明宏『黒蜥蜴』妖艶と美麗の極致

2012年3月5日

私が初めて江戸川乱歩の『黒蜥蜴』を知ったのは、少女ホラー漫画家の第一人者、高階良子さんのコミックがきっかけです。

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暗黒街の女王として知られる『黒蜥蜴』。その正体は謎に包まれ、誰一人として彼女の素性を知る者はありません。

ある時、「悪魔がお嬢さんを狙っています」という脅迫状を受け取った宝石商の岩瀬は、美しい娘の早苗を犯罪者の手から守るため、名探偵の明智小五郎に助力を求めます。
そんな彼らの前に現れた上流階級の緑川夫人。言葉巧みに岩瀬親子に近づき、明智のスキを突いて、早苗を誘拐することに成功します。しかし、明智にも策があり、早苗は移送中に無事に保護され、緑川夫人=黒蜥蜴は初めての敗北を喫します。

華麗なる盗賊・黒蜥蜴と名探偵・明智小五郎の一騎打ち。
そんな二人の間にはいつしか恋が芽生え、明智に追い詰められた黒蜥蜴は潔く死を選ぶのでした・・。

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そんなおどろおどろしい江戸川乱歩の世界を小学生でも分かりやすい内容に砕いて描いた高階さんのコミックは、何度読み返しても面白く、明智に追い詰められた「緑川夫人」がドレスの肩口をぐいと引き下ろし、「オホホホホ~。ここにもう、あなたたちの知る緑川夫人はいないわ。これが私の紋章。『黒蜥蜴』。そう呼ぶがいい」と啖呵を切る場面とか、今でも鮮明に思い出せます。

黒蜥蜴 高階良子
画像はレトロ・ミステリーより

黒蜥蜴 高階良子画像は新稀少堂日記より

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そんな江戸川乱歩の「黒蜥蜴」を演劇の世界から華麗にアプローチしたのが三島由紀夫。彼の戯曲は美輪明宏の舞台によって永遠の名作となりました。
「美輪明宏の黒蜥蜴」は、数ある美輪作品の中でも抜きん出て評価が高く、チケットは「宝塚のベルばら」のごとく数日で完売、DVD化もされないので、チケットを取り損ねた日には歯ぎしりしながら数年後の再演を待つしかない、いわば美輪ファン、演劇ファンにとって、幻の演目の一つです(私もチケットを取り損ね、一生の不覚に泣いた一人)

まあ、いつかはDVD化されるのかもしれませんが、ご本尊の目が黒いうちは「舞台の映像化はしない」と断言しておられるので、もし実現するとしたら、うんと先の話でしょう。……というか、これをお蔵入りするなんて、大変な文化的損失だと思うのですけどね。

「三島由紀夫の黒蜥蜴」は、一言で言えば「お洒落」です。江戸川乱歩の世界を黒い薔薇に咲かせたような美しさと妖しさ。台詞の一つ一つが練り上げられ、読んでいるだけで溜め息が出ます。

特に私が好きなのが、明智に緑川夫人の正体を明かされ、ホテルから男装して逃げ出す時に鏡に向かって言う台詞。

これなら大丈夫逃げられるわ。
誰も私とわかりゃしない。そもそも本当の私なんていないんだから。
ねえ、鏡のなかの紳士。明智ってすばらしいと思わない? 
そこらに沢山いる男とちがって、あの男だけが私にふさわしい。
でも、これが恋だとしたら、明智に恋しているのはどの私なの?
返事をしないのね。
それならいいわ。
また明日、別の鏡に映る別の私に訊くとしましょう。じゃ、さよなら。

美輪明宏 黒蜥蜴

1968年に制作された映画での美輪明宏の演技。声に艶があって、朗読だけでも十分通用すると思います。

舞台版で、黒蜥蜴が明智への恋心を手下の雨宮に告白し、ついで、明智とのダイアローグ形式で一騎打ちが描かれるこの場面も素晴らしいです。

※この部分の動画は削除されました

黒蜥蜴の純粋さが感じられる宝石語りの場面。明智の言う「あまりにやさしい心、感じやすい神経」を表現しています。
(緑川夫人として初めて明智と向かい合った時、明智が「犯罪者の資格」について次のように説明する。『第三の女はどうするかというと、虫も殺したくないし、花束も焼きたくない。彼女はもともとやさしい心の持ち主だからです。思いあまった末に、いいですか、彼女は花束をくれた男のうしろへ廻って、可哀相な男の背を突き飛ばし、暖炉の中へつんのめらせて、つまり彼の顔を真っ黒に焼いてしまうのです。その第三の女は、自分のやさしい魂に忠実なあまり、世間の秩序と独特を根こそぎひっくり返す。ごらんなさい、第三の女が一番残酷さが少ないのです。しかもまぎれもなく犯罪者の資格を持っています……』

(秘宝「エジプトの星」に向かって)やっと手に入れたわ。永い望みだった。
……こんな死んだ冷たい医師がほしさにあれだけの苦労と危険。それというのも、私の冷たい肌には死んだ美しい石しか似合わないからだわ。それから死んだ美しいお人形たち。……ああ、生きているものは、血のかよったものは、みんな信用がならない上にうるさいばかり。
警察、金持ち、犯罪者、前科者、不安の中に生きているこんな連中との、いつまでも尽きないおつきあい。
……宝石だけはちがうわ。宝石だけは信用できる。この「エジプトの星」はこうして私の手に渡って、私の胸にかがやいているのに、露ほども私に媚びを売ろうとしない。女王さまの胸につけられてもきっとそうだろう。宝石は自分の輝きだけで満ち足りている透き通った完全な小さな世界。その中へは誰も入れやしない。持ち主の私だって入れやしない。
人間も同じこと。私がすらすらと中へ入って行けるような人間は大きらい。ダイヤのように決して私がその中へ入ってゆけない人間。……そんな人間がいるかしら? もしいたら私は恋して、その中へ入って行こうとする。それを防ぐには殺してしまうほかないの。
……でも、もしむこうが私の中へ入って来ようとしたら? ああ、そんなわけはないわ。私の心はダイヤだもの。……でももしそれでも入って来ようとしたら? そのときは私自身を殺すほかないんだわ。私の身体までもダイヤのように、決して誰も入って来られない冷たい小さな世界に変えてしまうほかは……

あと、三島由紀夫のセンスが効いているのが「爬虫類」のたとえ。サファイアは欲しいけど、「青い亀」なんて呼び名、イヤですよねぇ。。

ひな夫人: およびでございますか。
黒蜥蜴:   お前さんは立派だったわ・・(早苗誘拐の功績を称える)・・よってお前さんに爬虫類の位をさずけ、年功に応じて、これから「青い亀」という由緒のある名で呼ぶことにします。
ひな夫人: ありがとうございます。黒蜥蜴さま。この御恩は決して忘れません。
黒蜥蜴: ご褒美として5カラットの純良のサファイアをあげましょう。

江戸川乱歩の原作もそうですが、「黒蜥蜴」という女性は、本当に「やさしい」のだと思います。
「好きだから相手を殺す」とか、「好きになってしまったら自分を殺すしかない」とか、言葉通りに受け取ったら、何のこっちゃ? の世界ですね。

だけど、誇り高く、傷つきやすい黒蜥蜴にとって、恋は癒やしなどではなく魂の終焉。誰かの心を求めることは、自分自身の破滅なのです。だから、相手を殺すか、自分が死ぬか、二つに一つ。そうでしか自分を守れないのです。

それを「やさしさ」──普通に考えるやさしさに当てはめようとしたら、多くの人は違和感を抱くでしょう。

でも、本当に傷つきやすい人間にとって、「他人の存在」というのは脅威でしかないし、自分も相手も苦しめるぐらいなら潔い死を選ぶもの。中途半端に愛して、中途半端にやさしい人間には、絶対に真似できない忠実さだと思います。

そういう意味では「思いやりのやさしさ」というよりは、「繊細さ」と解釈した方が分かりやすいかもしれませんね。

あまりこういう世界観に馴染みのない方は、読んでいて「???」ギョっとするかもしれませんが、何度も読むうちに、黒蜥蜴の宝石のような感性が分かってくると思います。

三島由紀夫の文章も耽美の極。

全然興味ない、という方は、「三島事件」の記録など目を通されるといいですよ。
今生きておられたら87歳。三島事件にかかわらず、80年代的なもので決定的に合わなかっただろうと思います。ネット社会なんて、いわずもがな・・。

黒蜥蜴 美輪明宏

時々、YouTubeに映画全編がUPされてますので、興味のある方はお早めに。

まるで音楽を聴くような美輪明宏の巧みな台詞回しと、流麗な三島由紀夫の戯曲が本当に素晴らしいです。

※ 「Black Lizard」で検索してください。

関連アイテム

こちらが江戸川乱歩の小説。

社交界の花形で、腕に黒いトカゲの刺青をしたその女は、実は「黒トカゲ」と呼ばれる暗黒街の女王、恐るべき女賊であった。とある宝石商が所有する国宝級のダイヤを狙う黒トカゲは、娘の誘拐を図る。身辺警護を引き受けた明智小五郎の想像を超えた作戦で、黒トカゲは娘の誘拐に成功したのだった。明智と黒トカゲの壮絶な対決の行方とは…。切ない結末が胸に迫る、ベストセレクション第5弾。

こちらが三島由紀夫の戯曲。再版希望ですよね。前に買っておいてよかった・・。

岩瀬家の秘宝“エジプトの星”を狙う美貌の女賊・黒蜥蜴と名探偵・明智小五郎の対決。「追われているつもりで追っているのか/追っているつもりで追われているのか/…最後に勝つのはこっちさ」。だが、二人の間にはいつしか淡い情愛が―。江戸川乱歩の原作にもとづく三島由紀夫の頽唐美とロマンあふれる名作戯曲を初文庫化。また、関連エッセイのほか、乱歩らとの座談会の記録・対談を併録。

三島由紀夫の戯曲から読んでもいいし、江戸川乱歩の原作から読み始めてもいい。どちらも非常に完成度が高く、それぞれが独立した作品、という感じです。

宝石収集家の緑川夫人の別の顔は、世紀の女盗賊「黒とかげ」。美しいものが好きな彼女は、宝石商の娘・早苗を誘拐し、剥製にして自分のコレクションに加えようと企らむ。数々のトリックに名探偵・明智小五郎が挑む!江戸川乱歩の名作をコミック化。「血とばらの悪魔」も同時収録。

高階良子さんのマンガ、大好きだった。「地獄でメスが光る」とか「タランチュラのくちづけ」とか。気持ち悪いんだけど、少女漫画のメルヘン&胸キュンの要素もしっかり抑えて、どの作品も完成度が高かったです♪

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