音楽

ビリー・ジョエルのニューヨークの想い『New York State of Mind』

2010年11月9日

ジャズでもクラシックでも、若い多感な時期に聞いておくべき曲がある。

しかも、それをライブで体験できるのは本当に幸せなことだ。『70年代懐かしのヒット曲集』のような形ではなく、そのアーティストがのりにのっている時に、最新のヒット曲として楽しむ。海の向こうで、天才たちが彼らの工房で火花を散らしながらノミを振るう、生き生きとした息づかいを身近に感じられるのがいい。

私にとっては、ポリスやホイットニー・ヒューストン、ボズ・スキャッグスやホール&オーツがそうだった。

今みたいに情報の間口が広くない時代、土曜の午後にスイッチを入れるFM大阪の洋楽ベストテンで彼らの最新作を耳にする度、どれほど胸が高鳴ったことか。

それこそ、ブログもツイッターも、クリック一つで芸能ニュースがチェックできるウェブサイトなんてものすらなかった時だもの。
海外の大物アーティストと言えば、遠い惑星の王子かお姫様みたいなもので、『存在は知っているけど、どんな人たちかは分からない』。だからこそ、余計で、洋楽ベストテンに姿を現す彼らの最新作は、今のウェブサイトが放つどんな新着情報よりもエキサイティングで、感動も大きかった。
FMラジオ少女だった私 -エア・チェックとカセットテープとクロスオーバー・イレブン-」にも書いているように、iPodやモバイルで好きな音楽を外に持ち出す術もなかった私には、本当に夢のひと時だったのだ。

そんな中学高校時代、思春期の性腺を大いに刺激し、大人への憧れを駆り立てたのがビリー・ジョエル。

「ガラスのニューヨーク」「マイライフ」「素顔のままで」等々、当時、洋楽ベストテンのみならずFM放送御用達だったビリーの音楽は、『タバコの煙るジャズ・クラブ』や『木枯らしの中、恋人達が肩を寄せ合い、ささやき合うニューヨーク』など、未だ見ぬ大人の世界の香りに満ち、目眩がするほどロマンティックだった。

特に洋楽史に残る名曲と言われる『New York State of Mind』を初めてラジオで耳にした時の衝撃は今も忘れない。

翳りのあるバラードに、夕焼けを思わせる甘美な歌声。

私鉄の車窓に、夕陽を照り返す摩天楼が流れるように去って行く、見たこともないニューヨークの情景がありありと目の前に浮かぶ。

「あまりの美しさに胸がしめつけられる」とはまさにこのことで、息をするのもはばかられるような、極上の瞬間だった。

世の中に、この曲に心を動かされない人間なんているのかしら──?


中学生の私には「雨のニューヨーク・シティ・ザ・ナイト」と聞こえて、雨の街を謳った曲だとばかり思っていたが、実際の歌詞はもっと深い。
こちらのサイトに詳しい説明があります。
http://rock.lovesick.jp/english/billy.html Rock’n Roll English

ビリーもそうだけど、この頃のヒット曲の特徴は、『Aメロ→Bメロ→Aメロ』という黄金律を踏んでいて、それもキャッチな「さび」の部分がお決まりのように盛り上がる、という点だ。

いわば「お前ら、ここで泣けよ!」と言わんばかりの確信犯的な曲作りで、いつの間にか始まり、いつの間にか終わってしまう今時のヒット曲とは根本からエンターテイメント精神が違う。

だから聞く側も、「来るぞ、来るぞ~~、キターーーーーーーーーーッ」って感じで、自ら曲に呑み込まれてゆく。

ああ、今回もこのプロデューサーにヤラれた、と、カマされたような気持ちになっても、そこに呑み込まれるのがどんどん快感になってゆく。

『New York State of Mind』にたとえれば、「state of mind」と同時に入るサックスのソロとか、「day by day」のバックに流れるチャララララ~のストリングスとか、ラストの「オブ……(沈黙)マ~~~インド」の溜めの部分だ。

そりゃもう、クールに分析すれば、恥ずかしいほどの確信犯的演出で、いかにも「聞きどころ!」的な盛り上がりに辟易する人もあるかもしれない。これぞ大衆文化、と。

だが、誰もが容易に理解できて、なおかつ同一に感動できる「なき」の部分があるからこそ、私たちは安心してその中に入ってゆけるし、これぞ世界のベストテンと納得することができる。

見た目だけ新しい流行歌に感動のツボを外されて、消化不良になることもない。

いわば『誰もが愛するヒット曲の王道』というやつを忠実に踏襲し、聴衆の聞きたいものを見事に聞かせてくれるからこそ感動も深まるわけで、アーティストの自己主張が聞きたいわけじゃないのだ。

それにしても、いつの頃からこういう手管が「時代遅れ」とされ、生ぐさ坊主の読経のような退屈なヒット曲が作られるようになったのか。

同じメロディ、同じリズムの焼き回し。

一ヶ月やそこらでトップテンから滑り落ちるような曲にどんな思い出が刻まれるというのか。

やはり音楽というのはドラマだから。たとえそれが「仕掛けられた感動」としても、盛り上がるところで盛り上がって欲しいし、サックスやストリングスの間の手が欲しいワケよ、こっちの期待した通りに。

いわば聴衆とアーティストとプロデューサーは共犯者の関係。

曲が出来る前から「感動のツボ」は決まっている。

そう分かっていて、聴衆はその手管に乗っていくのだ。

そこに自分の求める感動があると分かっているから。

なのに、誰にでも分かる音楽はダサイとか言い出して、アーティストやプロデューサーだけが一人歩きしたら、聴衆はおいてきぼりを喰って、音楽に失望してしまう。

なのに、もっと新しいもの、刺激的なものさえ作れば、聴衆が再び興味をもってくれると期待する。

そして、さらに齟齬を起こす。

そうじゃなくて、私たちの求める「感動のツボ」が何処にあるか、みんな本当は知ってるはずでしょ?

だったら、そこに帰ろうよ。

ダサイなんて言わずに、もう一度、暗黙のルールに乗っかってよ。

そうしたら、私たちは安心する。

再び親しみをもって聞くことができる。

アーティストやプロデューサーの自己主張はもう十分。

聴衆は、あなたの理解者になりたいわけじゃない。

*

女コドモが聞くような、心にも、記憶にも引っ掛からないようなヒット曲が蔓延する中、ビリーさんのように、大人が心の故郷に帰って行けるような音楽は本当に貴重だし、そういう音楽を多感な少女期にライブで体験できたのは、不滅の財産の一つだ。

「たかが洋楽」かもしれないけれど、本当に聞く価値のある音楽は、単なる趣味を超えた心の糧となる。

そして、それは、iPodに入れて持ち歩かなくても、いつでも心の中に取り出して味わえるのだ。

§ ビリーさんのその他のヒット曲

イタリアン・レストランにて【Scenes From An Italian Restaurant】

これも「キターーー系」の名曲。「来るぞ、来るぞ」のノリで『なき』に突入するスピード感がいい。

洋楽好きな女の子で「ピアノを弾く男性」に憧れない人って、いるのかね?

このピアノソロだけでも聞く価値あるよ。絶妙。


ビリーさんに惚れたもう一つの理由は、私がクラシックな弾き方こそ「絶対」と思い込んでいた点にある。

「粒を揃えて、均等に」というのが基本中の基本だったから、この曲のソロみたいに、まるで鍵盤をひっくり返したようなポップな弾き方って、けっこう衝撃的だったのだ。
「ああ、こういう弾き方でもOKなんだ」って。別の意味で感動した。

素顔のままで 【Just the way you are】

70年代女子が「彼氏と聞きたい曲」のナンバーワン・ラブソング。

「僕を喜ばせようとして 君を変えないで。流行のファッションを身につけたり、髪の色を変える必要もない。ありのままの君を愛しているんだ」という、泣かせどころ満載のバラードだ。

中学生の時、英語の時間にこの歌詞を勉強した。女の先生が照れ照れしながら意味を教えてくださったのが今も記憶に残る。
その時、一緒に勉強したのが、やはり当時のヒット曲「Honesty(オネスティ)」。
ビリーの曲は歌詞が分かりやすいから、というのが教材に選んだ理由だ。同じ理由でビートルズも勉強した。
今思えば、洒落た先生だったな。


それにしても……

New York State of Mind は、どうしてこう心の奥深くに響いてくるのだろう。

まるで秘めた郷愁をやさしく呼び覚ますかのように。

*

人は、時に、この世界を前に、絶対的な孤独に立ちすくむことがある。

もう二度と世界とは関わらない──

そんな気持ちで心の扉を閉ざしてしまうこともしばしば。

にもかかわらず、心のどこかではいつも何かを求めている。

いつか傷つくと分かっても、世界の真ん中に飛び込んで行く。

もしかしたら、都会は、強者や野心家の集まりではなく、そんな淋しい人間が肩を寄せ合って生きている世界なのかもしれない。

お互いに傷つけない距離を保ちながら、温め合う方法を探して。

夢は遠い空へと旅立ちながらも、心は結局「ここ」に帰ってくるのは、そこに人がいるからだ。

この煩わしさから逃げたいと願いながらも、淋しさを癒してくれるのはやはり人でしかない。

そうして一度は失望した世界に戻ってみると、意外と人も優しいことに気付く。

誰もが心の奥深くに孤独や哀しみを抱えて生きているということも。

いつかまた心のしこりが溶けたら、誰かを愛する日も来るかもしれない。

その時には、この雨に煙る街もいとしく感じられるだろう。

いつか傷つくと分かっていても、生きて行くのはこの場所だ。

「ここ」が僕の故郷なんだ──。

*

というような気持ちかな。

ともあれ、ビリーさん。素晴らしい音楽をありがとう。

今でもやっぱり私の耳には「雨のニューヨーク・シティ・ザ・ナイト」と聞こえなくもないが、彼なら「それもアリだよね」と笑って許してくれるような気がする。

§ おすすめアイテム

1970年から80年代にかけての世界的ヒット曲が網羅されている。
ここで紹介した「New York City of Mind」=邦題「ニューヨークの想い」「ピアノマン」「素顔のままで」「ストレンジャー」など、まさにビリーの真髄をぎゅっと詰め込んだようなベスト盤。
今、私も聞きながら書いてます♪ 永遠に色あせない名曲ぞろいです。

ビリーのアルバムの中でもトップランクに位置づけられる最高傑作。
私も洋楽好きな友達にすすめられてダビングさせてもらったけど(カセットテープというやつでね)、それこそテープが擦り切れるほど聞きましたよ。
「イタリアン・レストランで」のピアノ・ソロにノックアウトされた思い出深い一枚です。

「ニューヨーク」というタイトルだけでお洒落に感じた少女期。
私の中では「大人の恋」の代名詞みたいな街でもありました。
国際結婚してから、一度だけ、バスで通り過ぎたことがあります。
夜の11時、ハドソン・リヴァー沿いに見た摩天楼の輝きが今でも忘れられません。
ここに収録されている「オネスティ」や「マイ・ライフ」は、私がFM大阪やNHK FMを聞き始めた頃にいつもかかっていた思い出の曲です。

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