Notes of Life

いつの時代に生まれても不満と悩みはつきもの 「僕の見たビートルズはTVの中」

2012年2月10日

ネットの記事で斉藤和義さんの『僕の見たビートルズはTVの中』という歌を知りました。

やっぱり、今の日本の若者は恵まれている』というコラムを辿っていたら、コメント欄にこの曲を紹介する書き込みがありました。

歌詞全編はこちら → うたまっぷ

緊張感を感じられない時代さ
僕はマシンガンを撃ったことなどない
ブラウン管には 今日も戦車が横切る
僕の前には さめた北風が吹く
ぬるま湯の中 首までつかってる
いつか凍るの? それとも煮え立つの?
なぜか妙に「イマジン」が聞きたい
そしてお前の胸で眠りたい・・

訳の解らない流行りに流されて
浮き足立った奴等がこの街の主流
おじさんは言う 「日本も変わったな」
お互い棚の上に登りゃ神様さ

解らないものは解らないけどスっとしない
ずっとひねくれているばっかじゃ能がない
波風のない空気は吸いたくない

この歌詞を読んだ時、真っ先に思い出したのが『戦争を知らない子供たちさ』。1971年にヒットした「ジローズ」というグループの曲です。ベトナム戦争の是非をめぐって世論が真っ二つに割れていた時代、日本の代表的な反戦歌として若い世代から支持されました。

私にとっては「大きなお兄さん世代がフォークギター片手に四畳半の下宿で仲間と歌ってた曲」のイメージで、中学校の時に文化祭のコーラスで歌わされました。

中学生の私は、正直、「はぁ?」って感じ。

だって、戦争を知らない時代に生まれちゃったんだから、しょーがないじゃん。

「戦争を知らないこと」を「羨ましい」とか「恵まれてる」とか責められ、だから「戦争の酷さも理解できんのだ!」とバカにされてるような気がしたからです。

こんな私も、広島原爆ドームに行き、学童向けの「ひめゆり隊の記録」を読み、戦争をテーマにした報道番組や映画や演劇も積極的に見ましたけど、それはどこまでいっても『追体験』でしかない。実際に、父親や兄を戦争で亡くし、自らも空襲の被害に遭い、「ほら、この腕に、火傷のあとが残ってるでしょ」という人からすれば、「あなた達は食べるにも着るにも困らず、平和な時代に生まれて本当に幸せねえ」という気持ちでしょう。

だからといって、私たち「戦争を知らない世代」が何の悩みも苦しみも知らずに過ごしているわけじゃない。

好きな男の子には振られる、クラスメートには理不尽な陰口を叩かれ、数学の宿題はさっぱり分からない。

「それに比べれば・・」と悩みを比較論で語られても、何の救いにもならないんですね。

戦争が終わって僕等は生まれた
戦争を知らずに僕等は育った
おとなになって歩きはじめる
平和の歌をくちずさみながら
僕等の名前を覚えてほしい
戦争を知らない子供たちさ

若すぎるからと許されないなら
髪の毛が長いと許されないなら
今の私に残っているのは
涙をこらえて歌うことだけさ
僕等の名前を覚えてほしい
戦争を知らない子供たちさ

青空が好きで花びらが好きで
いつでも笑顔のすてきな人なら
誰でも一緒に歩いてゆこうよ
きれいな夕陽の輝く小道を
僕等の名前を覚えてほしい
戦争を知らない子供たちさ

それと似たような事を、今の若い世代は、「やっぱり、今の日本の若者は恵まれている」の記事に感じるのでしょう。

私はオバサンなので、どちらの言い分も解ります。

私が高校生の頃にもインターネットがあれば検索で就職や進学情報を探したり(当時は進路相談室の数少ない資料か、進学塾に行ってる友達や先輩の大学生からのアドバイス、学研の雑誌ぐらいしか情報源がなかった)、ネット上のいろんな人の意見を参考にして将来の展望を探ったり、大好きなハリウッド俳優のファンサイトに「好きです♥」と書き込みしたり(私がカート・ラッセルに英文ファンレターを出して玉砕した話はコチラ)、Facebookで金髪碧眼の美味しそうな独身男性を吟味したり、SNSで友達つくったり(「ペンパル募集」の代わりに)、池田理代子先生のイベントに馳せ参じたり(追っかけ回していたでしょう)、いろいろ有益だったろうなと思います。

そう、とにもかくにも「小学生でもインターネットやパソコンが使える」というのが、素晴らしく羨ましい。

ネットの出来る「今」と「以前」じゃ、Eメール VS 飛脚 ぐらいの差を感じますものね。

他にも、安売りショップとか、空前の円高とか、より自由でハードルの低くなった世間の風潮、本当に挙げればキリがないです。

だから、お前達は幸せなはずだ、これぐらいで悩むなんて贅沢だ、と言われたら、閉口せずにいないでしょう。

バブル世代が、戦後の麦飯世代に、「ご飯の好き嫌いをするとは何事だ。私たちの時代には・・」と説教されるようなものですからね。

「戦争を知らない子供たち」の大きなお兄さん達も、ジョン・レノンみたいな長髪にしていると、戦前の江田島平八塾長みたいなのに「貴様、この毛唐のような頭はなにごとか!」とか言われてたんだろうし。

結局、この手の説教と反発はいつの時代にも繰り返され、今の若い世代も40代50代になる頃には「ゆとりのバカ中年がwww」とか言われるんだろうし、その時、あの記事のコメンターらが今の幼稚園児にどんな言葉を浴びせられるのか、社会学的な観点からは興味あります。

ともあれ、「ぬるま湯の中 首までつかってる いつか凍るの? それとも煮え立つの?」「解らないものは解らないけどスっとしない
ずっとひねくれているばっかじゃ能がない 波風のない空気は吸いたくない」と感じる気持ちが若さそのものだと思うので、今のうちにいっぱい考え、あれこれ試行錯誤したらいいと思います。

世の中がどうひっくり返っても、誰を責めても、自分で行動する以外、救いはないので。

*

始まりはいつも「小さい」。

一本の電話、一通のメール、一枚の切符、一日限りの講習、etc が、明日を形作ってゆく。

最初から『玉』を取りに行こうとするから、無力感や不運にさいなまれる。

最初は「カスでも拾えたら儲けもん」ぐらいに思うのがコツ。

You Might Also Like