プロとは田舎の舞台でも笑顔で踊ること

ひと月ほど前、ロシアバレエ団の公演に行きました。

といっても、ここは地方の小さな都市。コンサートホールはありますし、県立オーケストラも存在しますが、舞台芸術に対応する高度な施設はありません。まあ、本当に、舞台と座席があるだけの、質素なホールです。

そんな場所でも、年に一度か二度、ロシアのバレエ団がやって来ます(さすがにボリショイとキーロフは来ませんが(T^T)

しかも演目は「眠りの森の美女」。バレエファンなら分かりますが、かなり大がかりな舞台装置を必要とします。宮殿、森、お姫さまの寝室、ウェディング、それぞれ異なる見せ場があり、衣装や大道具もそれに合わせて大きく変えなければなりません。(その点、ジゼルや白鳥の湖はけっこうコンパクトに収まりますが)

私も日本で有名バレエ団の海外公演があった時は欠かさず見に行ってましたから、正直、「眠り」と聞いて、あのもっちゃいホールで出来るのかな、と、かなり心配しておりました。

そして、当日、ホールに足を運んだ時、舞台の三分の一がカーテンで覆われ、そこが舞台袖として使われている現実に「やっぱり・・」な気持ちになったものです。

世界的にも名の通ったバレエ団が、本当にこんな舞台で「眠り」を演るのかしら・・。

そりゃね、東京や名古屋の芸術劇場に比べたら、ほんと、「お好み演芸会」の世界ですよ。

でも、そんな下世話な心配はまったく不要だった。

「姫の誕生パーティー」から「オーロラ姫のウェディング」まで、ダンサーの皆さんは、プリマも、コールドバレエも、始終にこやかに、全力で演技して下さったのです。

三回ピルエットを回ったら、どーんと壁にぶつかりそうな小さな舞台でね。

この方たちには芸術劇場だろうと、田舎の体育館だろうと、全く関係無い。

ひとたびコスチュームを着て、舞台に踏み出せば、そこが「オーロラ姫のお城」。「精霊のすまう森」なのです。

これまで「世界最高のプリマ」だの「大型引っ越し公演」だのと銘打ちながら、大阪フェスティバルホールで何度となく気のない演技を見せられた私としては、この日のオーロラ姫も、リラの精も、コールドバレエの皆さんも、まったく「世界」に恥じない踊りであったと思います。

こんなに踊り手に感動、というよりは、感謝を覚えたのは、実に何年ぶりのことであったでしょう。

プロとは、舞台の三分の一がカーテンで覆われた、田舎の小さな舞台であっても、全力で演技すること、その場を「オーロラ姫の城」に変えてしまうこと、そして、金持ちであろうが田舎者であろうが、誰にでも等しくカーテンコールに応える気持ちであると、つくづく思います。

BLACKのオデット姫は登場するか?

とろこで、ふと気が付きましたのは、リラの精がおそらく日本女性であったこと、コールドバレエに三名ぐらいアジア系のダンサーをお見かけしたことです。

十年、二十年前は、まだまだ少なかったし、それ以前に遡れば「アジア系に白鳥が踊れるの?」みたいな雰囲気があった。

それを考えると、森下洋子さんをはじめとする先代の凄まじい努力は察してあまりあります。

興味のある方は、東京バレエ団主宰の佐々木忠治さんの本を是非お読みになって下さい。

やはり世界の伝統的なバレエ団といえば、「世界ではバレエを踊るべき人が踊り、日本ではバレエを踊りたい人が踊る」の言葉に表現されるように、それはそれは条件が厳しい。

やる気や努力の問題ではない、まず最初に「資質」で振り落とされる。容姿、骨格、健康状態などなど、普通の日本人が聞いたら「それって、差別ー!」と言いたくなるような選考基準が設けられている。

いくらダンサーにそこそこの実力があり、闘志も努力も人一倍でも、「オデットを踊るには不向きな顔と体型」であれば、その時点で入門すら拒まれるわけです。

一人の天才ダンサーの陰に百万の涙あり。

芸術の質を保つことは、決して温情や優しさでは成り立たないのですよ。

それでも、いつかは、BLACKのオデット姫が英国ロイヤルバレエやパリ・オペラ座の舞台で踊るようになるのか、興味をもって見つめずにいません。

もっとも、海外にはBLACKのダンサーだけで構成されるクラシックバレエ団もあるようで、「BLACKだからオデット姫を踊ってはならない」という決まりはどこにもないのですが、やはりそこには暗黙の了解があり、これを超越するのは並大抵ではないでしょう。

一方で、ブレイクダンスやジャズダンス、モダンダンスなどははBLACKダンサーの方が圧倒的にクールで、それぞれに適した分野があるのですけども。

1パーセントをウクライナの為に

ちなみに、この公演では「入場料の1パーセントをウクライナに寄付する」という施策がとられていました。

ウクライナへの支援をロシアバレエ団が協力する。

それもまた世界の一つの形です。

王子様の愛のキッスがカラボスの呪いに打ち勝ったように、これから先も、一般市民の善意と優れた芸術が邪な力に打ち勝つことを願っております。