「結婚」とは議論するものじゃない、実践するものだ

恋愛や結婚については、みんな一度は真剣に考えるでしょう。

中には、学生時代の彼氏とトントン拍子に結婚したとか、つねに男を切らしたことがない、とか、まったく苦労しない人もあるけど、もがいても、もがいても「出会いがないー」、自分の年齢を考えるにつけ目の前真っ暗、という人も結構多いと思うの。今は特にそうなりつつあるんじゃないか、と。

結婚が幸せの全てじゃないけど、「誰かと生きたい」という気持ちは、たとえ結婚願望がなくても切実だと思うのね。

最初から最後まで一匹狼でいいッス!! と心の底からスッパリ割り切れる人なんて何十万人か何百万に一人、たとえ人付き合いがイヤで自室にこもってる人でも、心の底を叩いてみれば、やはり愛を求めて生きている、と思うのよ。欲しいのに得られないから、苦しんでるわけでしょ?

だからこそ、そういうのを人の手でプロデュースするのって、いいなと思ったわけ。

幸せな人が増えれば、世の中もちっとは良くなるし。

突き詰めて考えれば、本当にダメな人なんて、ないと思うのよ。

まあ、そんなんで、婚活サイトなんてものを作ってみました。

一歩踏み出せる人がいたら嬉しいです。

……にしても、今時の「非婚ブーム」はちょっと淋しいね。

本当に必要ないの? と思ってしまう。

制度としての結婚が必要ないのか、それとも本気でパートナーを必要としないのかは分からないけども、「ひとり」ってどこか行き詰まるものがないかな、と私は思ったりする。

確かに自由になるお金があり、時間があり、いろんなこと、いっぱい体験できるかもしれない。

でも、自分で自分を磨くのには限界があって、たとえそれが争いや憎しみの類であっても、人と接することで生まれるエネルギーはダイヤモンドの研ぎ石以上だと思うのね。

ずっと以前、ネットの掲示板で、「独りの人生は平坦だ。節目というものがない」という書き込みを見たことがあるけど、それに近いものを私も感じる。

結婚したら、子供が産まれたり、マイホームを買ったり、親の介護が始まったり、夫の転勤に一喜一憂したりと、何かしら波が起きてはまた静まり、その繰り返しで、常に起伏に富んでいる。

でも、独りだと、明日やることも、来年やることも、10年後にやってることも、全部自分のペースで消化されちゃうから、たとえ曲がりくねっていても、他からの力で波をかぶったり、乗り越えたり、というのが無いと思うのね。

そう言うと、独身の人は、「そんなことない、独りの人生にも起伏はある!」と反論するだろうけど、結婚生活における起伏とまったく質が異なるし、第一「自分のペースじゃない」という点で、波の生じ方が全然違うわけ。

そして、恐らく、心が鍛えられるのは、「自分の思う通りにならない」この一点だよね。

自分の思う通りにドライブできる人生には、この壁がない。

だから、どうしても、融通とか、許容とかの面で、頑なになりやすい。

まあ、結婚してても、ヘンな人はヘンだけど。

志ある人にとって、「結婚」という体験が心を磨くのは確かなことよ。

ゆえに、『結婚』というのは、やってみないと分からない。

外から「ああだよね、こうだよね」と見つめて議論しても、説得力がない。

隣の奥さん、髪の毛振り乱してるから、オバチャンは笑い声がデカイから、だから結婚なんてダメね、したくないね、なんて言っても、外野の声でしかない。

結婚している当事者でさえ、「結婚って、どんなん?」と聞かれたらウウムと唸らざるを得ない、それこそ一言で説明がつかない、隣の夫婦の結婚生活でさえ伺い知れない、それぐらい奥が深いものだから、結婚してない人が外から奥さんのナリフリだけ見て「ああだ、こうだ」と決めつけられるものじゃないのね。

お洒落できない、旅行できない、とかいうのも、結婚する前から決めつけることじゃない。

それこそ、どんな生活が展開されるか、やってみないと分からない。

結婚は議論するものじゃなくて、実践するものだし、5年、10年で結論づけられるような単純なものではアリマセン。

そんなわけで、「どうしようか」と躊躇する人があれば、やらないよりはやる方を選んでみぃ、と私は言いたい。

失敗したって、命まで取られるわけじゃなし。(DVをのぞけば)

一生に一度は経験しとくと味が出るよ。

良い出会いがありますように。