育児と家庭

子育ては第二の子供時代 ~親子関係・ロールプレイ

2017年3月23日

育児に関する言葉で、私の好きなものは二つあります。

一つは、漫画家の田島みるくさんの、「子供は誰に説明されなくても、自分を産んだのが母親だと知っている。『わたし、お父さんから産まれてきたの』という子は無い」。(爆笑マンガ&エッセイ 「出産」ってやつは―あたしたちは聖母だ! (PHP文庫)

もう一つは、ピクサー映画『ファインディング・ニモ』のメイキングで、ジョン・ラセターだったか、アンドリュー・スタントンだったか、どちらの言葉か忘れたけども、「親になるということは、親の気持ちと、子供の気持ちと、両方分かること。子育ては、子供時代をもう一度、生き直すこと」。

育児の場面で、より強く問われるのは、後者の方ですね。

私も何度も経験がありますけど、子供、とりわけ幼子と接していると、必ずといっていいほど、自分の子供時代が『フラッシュバック』します。

自分が子供時代に体験した、あの場面、あの感情、あたかも自分の親が自分の中に乗り移ったような、異常な心理状態を体験するんですね。

どのお母さんもそうだと思うけど、子供のやること、なすことに、イライラしているわけじゃない。

子供をガミガミ叱りつけている自分自身に嫌気が差しているのだと。

それが99%じゃないです?

中には聞き分けのいい子もいるけど、大半はメチャクチャにやらかして、あれダメ、これしなさい、と、何度も何度も言い聞かせなければならない。
田島みるくさんの漫画本にもあったけど、『見てみたい ダメ! イヤ! コラ! のない家庭』(読者川柳)、ほんとその通り。

毎日、朝から晩まで、子供のやる事に目を光らせて(安全の観点から)、横断歩道の前で捉まえ、テーブルから引きずり下ろし、コンロの前で何度も何度も言い聞かせ、菓子屋の前で泣く子を抱きかかえて退散、みたいなことをやってね。「そんな自分が好き♪」と思えるママがあったら、お目にかかりたいですよ。

こうした物理的な重労働に加え、「自分の嫌な子供時代がフラッシュバックする」という心理的圧力が掛かるから、「子育ていや! 子供きらい!」になるわけで、ガミガミ怒鳴ってる人でも、『心底から自分の子供が嫌いで嫌いでたまらない』というのはごくごく少数だと思うのです。

子供がいや = 自分自身が嫌い = 自分の中に表出する親が憎い が本音で、茶碗をひっくり返したり、オシッコをもらしたりする子供自身に憎しみを感じてるわけじゃないんですよね。

ガミガミ叱りつけているお母さんは、同時に二つの感情を経験しています。

子供のやる事にイラっとしている自分自身と、かつて自分に対してそのように振る舞った我が親の感情と。

いわば、親となった自分自身を通して、ロール・プレイングするわけです。

絵に描いた方が分かりやすいのですが、こんな感じ。

(我が親を演じる自分)&(母である自分)=> 子供(子供時代の自分自身)

その過程で、どうしたって、子供時代の嫌な記憶は掘り起こされるし、自分の中に、自分が嫌いな親の姿を見出して愕然とすることもある。

それが「子供時代を二度経験する」という意味だと思います。

人によっては「回想」で済むこともあれば、子供時代のトラウマを二度経験して、心理的に追い詰められることもある。

子供に対して過剰に怒りをぶつけるとしたら、それは子供に対して怒っているのではなく、自分を苦しめた親に対して怒っているのではないです?(それが旦那の時もあります)

心理療法でも似たようなのがありますが、ずっと意識の奥に閉じ込めていたネガティブな感情を、もう一度、自分の中に呼び覚まし、あれと同じ場面を体験するのは大変なストレスですよ。

心理療法なら、訓練された専門家が側について、患者さんに過度に負荷のかかるような事はやらないけども、子育ては一対一のライブだし、心理療法士が側に付いて指導してくれるわけでもないから、人によっては非常に危険な心理状態に追い込まれて、その果てに、子供を絞め殺すような事態に発展しても、なんら不思議はないです。

いわば、それほど過酷な心理劇を心の中で繰り返すわけですから、楽しいわけがないです。

そんな苦労したことないわ、毎日楽しいわ、というなら、それは当たりクジを引いたか、子供時代に過酷な心理状態を体験したことがないからでしょう。

どんな人も、大なり小なり、親への不満や怒りを抱えているものだし、「あんな風にはならない」と思っていても、それを繰り返すのが人間の心理でね。しかも、幼子というのは、大人みたいに理解することもなければ、寛容に受け止めることもない。あっちはあっちで、バナナ食わせろ、オモチャ持ってこいで、自我を通すのに必死ですから、『子供 VS 子供の私』の泥沼の心理戦になるのが当たり前。

目の前の子供は、あなたの代わりに泣いてるんです。

あの時、あなたが親に向かって言えなかったこと、親にぶつけることができなかった怒りを、あなたに代わって全力で再現してる。

子供の泣き声を聞くとイライラするのは、そういう心理も往々にしてあると思いますよ。

でも、そんな中にも救いはあって、子供は一日一日と成長していく。

どんなに聞き分けのない、要領を得ない利かん坊でも、いつまでも「バナナ! バナナ!」と泣いて転がるわけじゃない。

いつかはバナナより飯が大事と理解するし、いやいやでも遊び時間と宿題を調整して、やるべき事はちゃんとやるようになる。

泥沼の心理戦を繰り返す中で、あなたも次第にあの時の親の苛立ちや鬱屈した感情を知るようになるし、上手く抜ければ、許せるようにもなる。

それが子育ての本当の意義だと思います。

いわば、子供時代のトラウマを浄化するチャンスでもあり、それを「人間として成長した」という言葉で表すのでしょう。

そういう意味では、無力な幼子は母の精神的サンドバッグであるし、あなたの子供時代をもう一度再現する為に使わされた、天よりの使者といえましょう。「子供は天使」というのは、あなたを浄化する役割を背負って生まれてきたからかもしれませんね。

子育て大変ですけど、そういうチャンスに恵まれたと考えれば、これも宇宙の一期一会、思い通りの成績良い子にならなくても、あなたが子供時代のトラウマから抜け出して、子供も本当の意味で「ママ大好き」と思ってくれるようになれば、それで大成功なのではないですか。

自分が嫌いな親の一面を、自分自身がロール・プレイするのは、大変な心理的ストレスだけども、実際、心理療法などで、それに近い事が行われることを考えると、決して不自然な心理ではありませんし、もしかしたら、それは子供に箸の上げ下ろしを教えるより大事なことかもしれません。

たとえ上手く抜け出せなくても、「親の気持ち」と「子供の気持ち」の両方を体験することは、仕事や対人関係など、いろんな場面で応用が利くし、その人間としての幅を『大人』というのではないでしょうか。

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